投信1編集部による本記事の注目点

  •  大手半導体製造装置メーカーを中心に受注額の開示を取りやめるところが相次ぎ、市場トレンドやマクロ景気を読むための先行指標が限られる状況となっています。
  •  一方、台湾の大手企業は台湾証券取引所に対し、装置メーカー、関連設備企業に対する発注額を提出しており、これらを「MOPS(Market Observation Post System)」で閲覧し、トレンドを探ることができます。
  •  そこから見えるのは、半導体市場絶好調の中、TSMCの装置メーカーに対する発注額が極端に落ち込んでいるという点です。

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2017年から半導体製造装置分野の決算開示にある変化が起きている。大手メーカーを中心に受注額の開示を取りやめるところが相次いでいるのだ。業界最大手の米Applied Materialsが2017年度第1四半期(16年11月~17年1月)決算を最後に四半期受注額の開示を取りやめたのを皮切りに、国内最大手の東京エレクトロンもこれに歩調を合わせるかのように、16年度第4四半期(17年1~3月)をもって非開示となった。

非開示の理由について、東京エレクトロンでは「中長期的な成長戦略など、当社の本質的な企業価値向上についての対話をより重視」「超短期の株価ボラティリティーの抑制と適正な企業価値評価の推進」を挙げている。半導体製造装置はボラティリティーが高いという市場の特性上、株価についても短期的な視点で乱高下する傾向が非常に強く、これに対処するかたちで、受注額の非開示を決断したものとみられる。

しかし、投資家はもとより筆者のような業界紙記者の立場からすると、受注額の非開示は頭の痛い問題といえる。なぜなら、受注額は市場トレンドを読み解くうえでの重要な先行指標となるもので、かつ受注計上から売上高計上までのリードタイムが他の製造業に比べて長い半導体製造装置は、マクロ景気を探るうえでも重要な物差しとなっているからだ。

こうした個別企業の動きに合わせるかたちで、半導体製造装置メーカーを中心に構成される日本の業界団体SEAJ(日本半導体製造装置協会)でも17年4月以降、日本製半導体・FPD製造装置の受注額の開示を取りやめており、BBレシオ(3カ月平均の受注額を販売額で割った値)も姿を消すことになった。

上期発注額は前年比62%減

これにより、受注段階で外部の者が公式に情報を得ることはかなり難しくなったが、一部限定的ではあるものの、まだ情報を得る術は残されている。台湾の大手企業は台湾証券取引所に対し、装置メーカー、関連設備企業に対する発注額を提出しており、これらを「MOPS(Market Observation Post System)」で閲覧することができる。すべての発注を網羅しているわけではないが、装置受注トレンドを探るには十分すぎるほどの情報量だ。とりわけファンドリー最大手のTSMCの動向を把握するうえでは、現時点では欠かせない手段といえる。

これを追っていくと、17年の年明け以降、ある変化が見てとれる。17年以降、TSMCの装置メーカーに対する発注額が極端に落ち込んでいるのだ。集計したところ、17年1~3月期は13.35億ドル、4~6月期はさらに落ち込んで10.19億ドル。上期トータルでも23.54億ドルと前年同期比62%減へ急減している(グラフ参照)。同社はここ数年、年間投資額が100億ドル前後で推移。17年に関しても年間100億ドルを計画しており、この状況は明らかに投資抑制基調と見てよさそうだ。

周知のとおり、半導体市場は絶好調だ。17年の半導体市場は前年比16.8%増となり、初めて4000億ドルを突破すると見込まれている。半導体製造装置市場も同19.8%増の494億ドルが見込まれ、過去最高の市場規模を形成する見通しだ。しかし、この好調はメモリー市況によるところが強く、非メモリー分野、とりわけファンドリー分野はこの好調の波に乗り切れていないのが実態だ。

実際にTSMCの17年4~6月業績は、中国スマートフォン(スマホ)の調整などを理由に、前四半期比、前年同期比ともに減収減益となっている。

発注減の理由

発注額急減の要因はいくつかあるが、まず挙げられるのが前年の発注前倒しに伴う反動減だ。MOPSによれば、16年通年(1~12月)の発注額は133.53億ドル。同社の16年の設備投資実績は102億ドルであり、投資額に比べて発注額が30億ドル強多い。ゆえに、前年に注文した製造装置の「消化途上」である可能性が高い。実際に設備投資額ベースでは、1~3月期34.7億ドル、4~6月期32.9億ドルであり、高水準投資が続いている。

また、別の要因として考えられるのが、投資サイクルの端境期にあることだ。16年は10nmの立ち上げに投資額の大半を割いており、17年は7nmの立ち上げ時期にあたる。しかし、この7nmは10nm用製造装置の多くをリユースすることが可能であり、新規装置による投資という意味ではそれほど必要ない。20nmと16nmが1つのファミリーであったように、10nmと7nmも1つのファミリーと位置づけられており、10nmの採用を短期間にとどめ(ショートノード)、7nmを長期にわたって顧客に提供する世代(ロングノード)と位置づけている。

7nmのリユース戦略によって投資サイクルの端境期であることも発注減の要因の1つ(写真:10nm主力工場の台中Fab15)

また、主要顧客であるファブレス企業の在庫調整が行われていたことも、17年上期の投資抑制の要因に考えられる。17年初頭から中国スマホを中心に比較的長期間にわたって在庫調整が行われ、TSMCはファブレス顧客からの発注減に見舞われた。在庫調整は4~6月期でかなり進んだものの、TSMCは例年に比べて在庫回転日数はまだ高いと指摘している。7~9月期にはサプライチェーンは正常化するとして、1~3月期決算発表時との比較では在庫調整に時間がかかっていることを示唆している。

UMCも苦戦

TSMCに限らず、専業ロジックファンドリーは今年苦戦しているところが多い。同じ台湾のUMCも業績が振るわない。UMCの場合はとりわけ28nm世代が不振だ。同プロセスは特定の主力顧客に依存する事業構造となっていたが、同顧客がより先端プロセスに移行したことで、同社への発注量が減少。4~6月期における28nmの売上高は前四半期比横ばいで推移したが、一時は20%を超えていた売上高構成比は17%にまで低下している。

これに伴い、同社は17年通年の設備投資金額を当初計画の20億ドルから17億ドルに減額している。同社では早期の事業環境の好転は難しいと判断しており、17年下期もさらなる減収リスクがあると示唆。こうした状況下、財務基盤の健全化などを理由に投資計画を減額したものと見られる。今のところ、28nmの投資計画は従来どおり17年末までに月産4万枚(台南3.5万枚、厦門5000枚)に引き上げる計画に変更がないことを強調しているが、今後これが見直される可能性は高そうだ。

DRAM、NANDフラッシュなどメモリー分野の好調によって、あたかも半導体市場全体が好調なように見えてしまうが、各分野をつぶさに見ていけば、必ずしもそうでないことが見えてくる。メモリーメーカーがASP(平均単価)上昇によって、驚異的な利益水準を達成するなか、半導体を購入する機器メーカーはBOM(Bill of Material)コスト維持のため、他の半導体デバイス、電子部品、ディスプレーへの価格圧力、さらにはスペックダウンを受け入れざるを得ない状況にまで来ている。

今回のファンドリー企業の足元の業績不振は、顧客であるファブレス企業からの価格圧力も少なからず影響しているものと想定される。「メモリーの一人勝ち」とさえ揶揄される現在の市場環境によって、他分野に少しずつだが、確実にしわ寄せがきているのではないだろうか。

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉 雅巳

投信1編集部からのコメント

昨今は、”半導体バブル”と言われる傾向にありますが、まずロジックとメモリは分けて議論されるべきです。また、半導体産業はこれまでも常に需要や投資のサイクルに直面してきており、山や谷がないと考える方が難しいでしょう。これまではスマホの普及などが大きなドライバーでしたが、半導体を必要とするハードやIoTといった考え方は今後も広がると思われます。そうした長期の見通しは、市況や投資サイクルと合わせて持っておきたいものです。

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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