8月の米雇用統計は予想に届きませんでした。ただ、なぜか毎年8月は予想を下回っていることから、心配には及ばないとの見方もあるようです。

そこで今回は、8月の米雇用の失速をアノマリーとして笑い飛ばしてもよいものかどうか、実際のデータを参考にしながら確認してみました。

7年連続で予想を下回る確率はわずか0.8%

8月の米雇用統計では雇用者数の増加が15.6万人と予想の18万人を下回りました。8月の数字は7年連続で予想を下回っていることから、アノマリーなのではないかと指摘されています。アノマリーとは、理論的な根拠ははっきりしないものの、よく当たるとされている経験則のことです。

2013年1月から2017年8月まで56カ月のデータを調べてみると、雇用者数が予想を上回ったのは28回とちょうど半分となっています。したがって、結果は予想を上回ることも下回ることもあり、上か下かは五分五分と考えても見当違いということはなさそうです。

この場合、コインを投げて表もしくは裏が出る確率と同じということになりますので、ここでは話を単純化してコイン投げに例えて考えてみましょう。

コインを投げて7回連続で表が出る確率は128分の1で0.8%です。有意水準、すなわち偶然かどうかの判断基準として5%を用いるのが一般的ですので、0.8%は極めて小さく、単なる偶然とは考えづらいことを示しています。

ただ、7年前(2010年)の8月は予想を上回っていますので、8回投げて7回表が出たと考えるのであれば確率は256分の8で3.1%となります。さらに8年前(2009年)も予想を上回っていますので、9回投げて7回表が出る確率は512分の36で7.0%になります。

7年連続で予想を下回ることは確率的には非常に起こりづらく、アノマリーとの見方もうなずけます。ただ、データの扱い方次第では単なる偶然との見方も否めないでしょう。

季節調整の歪み?

8月の雇用者数が予想を下回るというアノマリーに関して、アナリストらの間で有力視されている仮説が季節調整の歪みです。

米国では、自動車の生産ラインを7月に入れ替える影響で7月に雇用が減少し8月に増えるという季節的なパターンがあり、この影響を除去するためには7月の数字を高く、8月の数字を低くして均す必要がありました。

ただ、近年ではライン入れ替えの影響は以前より小さくなっており、その一方で季節調整は過去データに従って調整する結果、7月が高め、8月が低めに出ているのではないかと考えられています。

実際のデータを見ると、2016年までの過去6年間のうち2013年と2015年を除く4年間で自動車関連が7月の雇用者数を押し上げ、8月を押し下げていますので、仮説としてはあながち誤りとも言い切れないでしょう。

ただ、今年に関しては、自動車関連の数字は7月よりも8月の方がより大きく雇用を押し上げていますので、この仮説は当てはまりません。

したがって、今年の数字に限っては、季節調整の歪みではなく、文字通り失速していると考えたほうがよさそうです。

最終的には予想を上回る?

8月の雇用統計では速報値で予想を下回っても、最終的には予想を上回るので心配ないとの見方もあります。

データを確認すると、2014年までの4年間では速報値からの上方修正は8.1万人から11.0万人といずれの年も大幅に上方修正され、最終的にはすべての年で当初の予想を上回っています。

ただし、2015年は予想を下回った上に、改定ではさらに下方修正されています。2016年は上方修正されていますが、修正幅は2.5万人と小幅にとどまり、最終的に予想には届きませんでした。

このように、過去2年では速報値からの上方修正のパターンが変化しており、以前のような大幅な上方修正は期待しづらくなっています。

高齢化が賃金を抑制?

雇用者数以外に目を向けると、8月の米雇用統計では時間当たり賃金の伸びが前年同月比2.5%上昇と4カ月連続で横ばいとなりました。

米連邦準備制度理事会(FRB)が適正を考える2%の物価目標を達成すためには、3.0%から3.5%の賃金の伸びが必要とされており、賃金の低い伸びはFRBの悩みの種となっています。

ところで、ニューヨーク連銀の調査によると、新たな職に就く際の受け入れ最低年収は7月時点で5万7960ドルとなり、3月の5万9660ドルから低下しました。低下は昨年11月から続いており、高齢者ほどその傾向が高いとしています。

また、今後4カ月間で提示される予想年収額は5万0790ドルと、3月の5万4590ドルから7%も低下しています。

高齢化に伴い就労者に占める高齢者の割合が増加していますが、高齢者は転職の際に以前よりも低い賃金を受け入れる傾向にあり、この傾向は今後とも続く模様です。

フルタイムが減少し、パートが増加

8月の米雇用統計では、7月に続きフルタイムでの就業者数が減少しています。減少幅は7月5.4万人から8月は16.6万人へと拡大しています。

フルタイムの就業者は4月をピークに伸び悩みとなっており、過去2回の景気後退ではフルタイムの就業者数のピークと景気の山がほぼ一致しています。このままフルタイムの減少が続くようですと、景気のピークアウトが意識され始まるかもしれません。

一方、パートタイムの就業者数は2カ月連続で増加するなど、最近の雇用の拡大はパートの増加がけん引しています。雇用が増えてもパートのみが増えているのであれば賃金が伸び悩んでも不思議ではありません。

雇用失速は現実として直視

7年も連続で同じ方向に予想がはずれると、それが当たり前のように考えるのもうなずけますが、ちょっと見方を変えるとだだの偶然だったりもしますので気を付けたいものです。

少なくとも今年に関しては8月の雇用失速はアノマリーとは考えづらく、文字通りに減速していると捉えたほうがよさそうです。

また、高齢者化やパートの増加が構造的に賃金を抑制している様子も伺えます。フルタイムの減少も米景気の先行きに暗い影を落としています。

米景気の拡大は既に9年目に突入していますので、雇用の拡大もそろそろ限界に近づいているのではないかと警戒する必要があるのかもしれません。

LIMO編集部