携帯電話事業の売却が報じられる

2017年8月22日、日本経済新聞は富士通(6702)が携帯電話事業の売却に向けた調整に入ったと報じています。また、複数のメディア報道によると、売却先の候補には国内外の投資ファンドや中国のパソコンメーカー、台湾のEMS(電子機器の受託生産サービス企業)などが挙がっている模様です。

一方、この記事に対して会社側は同日に「当社携帯端末事業に関する一部報道について」というニュースリリースを発表しています。2016年に同社は、携帯電話事業をパソコン事業と同時に100%出資子会社として分社化しており、他社とのアライアンスを含めた可能性を模索していることは事実であるものの、「現時点で決定しているものはない」とコメントしています。

いまだに売却されないパソコン事業

ここで思い出したいことは、昨年10月にもパソコン事業に関して同様な動きがあったことです。

10月5日に各種報道機関がパソコン事業の売却の可能性を報道したことに対して、同社は6日に「当社パソコン事業に関する一部報道について」というリリースを発表し、今回と同様に「現時点で決定しているものはない」とコメントしています。

ただし、それから約3週間後の10月27日には、「富士通およびレノボによるPC事業における戦略的提携の検討」とするリリースを発表し、レノボとの交渉が始まったことを正式に認めています。

しかし、交渉が始まってから約10か月が経過した現在も具体的な進展は見られず、パソコン事業はいまだに同社の100%子会社の状態が続いてます。

携帯電話もすぐには売却されないと考える3つの理由

こうした経緯を考慮すると、今回の携帯電話事業についても、売却の方針は固まったとしてもパソコンと同様にその実現にはなお相当な時間を要するかもしれません。

また、冷静に同社全体の状況や携帯電話事業の個別事情を考慮すると、売却はすぐには実現しない可能性も考えられます。その理由は以下の3点によります。

第1は、同社の財務体質が比較的健全な状態にあるためです。

直近の2018年3月期第1四半期末の株主資本比率は29%、ネット有利子負債(有利子負債から現預金を差し引いた金額)は726億円に留まります。このように、事業の切り売りを迫られている東芝(6502)とは全く異なる状況にあることは頭に入れておきたいところです。

第2は、携帯電話事業そのものが全社の足を大きく引っ張っている状態にはなっていないためです。

確かに同社携帯の年間販売台数は、ピークであった2012年3月期の800万台から2017年3月期には320万台へと大幅に減少しています。しかし、事業構造改革やコスト削減を進めた結果、2017年3月期の同事業の営業利益は黒字を確保している模様です(注)

注:同社は携帯電話事業だけの業績は開示していませんが、8月22日付け日経報道では「同事業の売上高は17年3月期実績で1500億円超、営業利益は100億円前後と見られる」と報じられています。

また、同社の「らくらくシリーズ(ガラケー、スマートフォン)」はシニア層から一定の支持を得ています。このため、大幅な成長は見込めないものの、現状維持程度は当面は可能と考えられます。

第3は同社の売却先に求める条件の要求レベルが比較的高いためです。

各種報道によると、同社では売却の条件として、全株の売却ではなく一定の出資比率を確保する、ブランドを残す、一緒になって成長を目指してくれるパートナーになってほしい、などを示していると伝えられています。

これらの条件は、買収先を完全にコントロールして早期にリターンを上げたい買い手にとっては高いハードルとなるため、買い手探しが難航する可能性も考えられます。

とはいえ、上述の通り、同社には資金確保のために売却を行うという動機が薄いことや、足元で採算が大幅に悪化しているわけでもないため、このように買い手に対する要求が大きくなることには違和感はありません。

今後の注目点

同社は中期的に目標とする姿として、クラウドやAIを活用したデジタルサービスを主力に据えて営業利益率10%を目指すとしています。携帯電話やパソコンを分社化し、売却を模索する理由も、これらの事業がこうした目標を達成するための足かせになる可能性があると考えられていることによります。

このため、営業利益率10%を目指すというコミットメントに変化がない限り、いずれ売却が実現される可能性は高いと考えられます。ただし、目標達成時期が具体的に明示されていないため、交渉は長引きそうです。

いずれにせよ、どのようなベストパートナーを選択するのか、今後の動きを注視したいと思います。

富士通の過去10年間の株価推移

LIMO編集部