「国民総株主論」とは何か
一代でパナソニック(6752)を世界的な電機メーカーに育て上げた松下幸之助氏(1894年~1989年)は、「経営の神様」として有名ですが、晩年は(財)松下政経塾設立などの社会活動に熱心に取り組む社会思想家の一面も持つ人物でした。
幸之助氏の有名な考え方の一つに、「国民総株主論」というものがあります。その考え方の一端は、1958年に野村證券主催で行われた「国民総株主化で生活の安定、思想の安定を」という講演から読み取ることができます。
その趣旨を要約すると以下のようになります。
“戦前は資本の大部分が少数の資本家によって独占されていたが、戦後は、大衆によって株式資本が構成されるようになっている。
この傾向がさらに進み、国民全員が株主になり、経営にも参加するようになれば、貧富の差は解消され、社会は安定するのではないかと思う。
同時に必要なことは、各会社が適正な利益をあげるということ。株式保有が大衆化しても、会社が低収益で無配ということでは困る。適正な利益を計上し、配当をきちんと行うことができることが株式の大衆化の前提として不可欠である。“
(出所:『松下幸之助 発想の軌跡―経営の道・人間の道』PHP研究所編)
さらに、この講演が行われた9年後の1967年には、幸之助氏は「株式の大衆化で新たな繁栄を」というタイトルの論考も発表し、株主(個人投資家)、株式を発行する企業経営者、株の売買を仲介する証券会社に対して、それぞれ長期投資という観点から意識変革を求めています。
具体的には、1)株主に対しては、短期売買を繰り返すのではなく、企業を応援する姿勢で株式を長期にわたり保有すること、2)企業経営者には、株主が主人であり自分のこと以上に真剣に考えるべき存在であるという意識を持つこと、3)証券会社に対しては、大手機関投資家だけを優遇するのではなく、個人株主をできるだけ多く募り国民総株主化を目指すことを提案しています。
また、これらを進めることで、株主は企業と意味のある対話が可能となり、経営者もコーポレートガバナンスの重要性を理解できるようになり、さらに証券会社も取引量の増加により繁栄する、という主張を展開しています。
松下幸之助氏の理想は実現したのか?
国民総株主論が主張されてから半世紀以上が経ちましたが、果たして幸之助氏の目指す理想の姿は実現されたのでしょうか。
そのことをデータから探るために、2015年に日本証券業協会が全国の20歳以上の男女7,000人を対象に行った「証券投資に関する全国調査」を見てみましょう。
これによると、金融商品別の保有率は「預貯金」が 91.9%と圧倒的に高く、有価証券について見ると株式が 12.7%、投資信託が 8.7%、公社債が 3.6%で、いずれかの有価証券の保有率は 18.2%に留まるなど、”国民総株主”の姿からはほど遠いということになります。
また、この調査では「証券投資全般のイメージ」についても質問しており、その答えとしては、「資産運用の一環」が 43.5%と最も高いものの、依然として「難しい」(36.2%)、「お金持ちがやるもの」(29.5%)、「なんとなく怖い」(28.0%)、「ギャンブルのようなもの」(27.6%)といったマイナスイメージを持たれていることも明らかになっています。
さらに興味深いのは、年収が多い層ほど証券投資に対してプラスイメージが高く、またその逆にマイナスイメージが低くなる傾向があることです。この調査のサンプルの約6割が、税込年収が300万円以下となっており、そうした人々に対して投資に関する情報や教育が十分に行き届いていないことが、そこからは伺えます。
とはいえ、やや心強いことは、年収が低い層においても「月々の収入から金融商品にまわす割合」がゼロではないことです。
たとえば、年収200~300万円未満でも26.6%の人が月収の1~10%未満を投資に回しているのです。こうした人々のなかには、投資を生活資金の足しにしようとしている年金生活者が多く含まれている可能性もありますが、いずれにせよ、株式投資が金持ちだけの特権でないことを示す例として注目できると思います。
まとめ
最後に、改めて考えなくてはならないことは、”国民総株主”が実現しない理由が、投資教育の不足などに起因する投資家の知識不足に問題があるのか、それとも、企業経営者や証券会社の考え方にまだ意識改革の余地が残っているためなのかということです。
周知の通り、日本の金融行政も金融庁・森長官のリーダーシップのもとで、幸之助氏と同じ問題意識を持ちながら、コーポレートガバナンス改革やフィデューシャリー・デューティーの強化に取り組み、「株式の大衆化による新たな繁栄」という理想が実現可能な環境を整えようとしています。
このため、私たち個人投資家も株式投資は「金持ちだけのもの」という先入観にとらわれず、投資に関する勉強に取り組み、ポジティブなイメージで向き合えるように努力したいものです。
LIMO編集部