日銀のインフレ率予測は、メンツ等で歪んでいる可能性が大

日銀は、20日に発表した展望レポートで、インフレ率が目標の2%程度に達する時期を、「2019年度頃になる可能性が高い」としています。これは、民間のエコノミストの平均(たとえばESPフォーキャストのコンセンサス)と比べて不自然なほど高いインフレ率の予想となっています。

経済予測は長年の経験と勘が重要ですから、個々のエコノミストの予測に乖離が生じることは珍しくありませんが、「政策委員の予測の平均」と「民間エコノミストの予測の平均」がこれほど大きく乖離するのは、不自然でしょうね。やはり日銀の予測には、本心でない要素が含まれているのでしょう。一つは「2%目標を掲げてしまったメンツ」でしょうし、今ひとつは「強気を見せることで人々が信じてくれるという偽薬効果が、弱気を見せたら剥落してしまう」という恐怖心でしょう。

そうなると問題は、展望レポートを書かされる日銀の事務方の苦労です。自分たちも、それほど高いインフレ率を予想していないでしょうから、「自分の予測と異なる予測について根拠を示す」必要が出てくるのです。日銀の事務方は、国内最高水準のエコノミスト集団ですから、それくらいのことは平気でこなせるのでしょうが、今次展望レポートを見ると、それでも「?」と思うところが散見されます。

適合的な期待形成の面でインフレ期待が高まるか?

2017年度に輸入原油が値上がりし、それが国内物価に反映されることで、人々のインフレ期待が高まる、というのが日銀の主張ですが、本当でしょうか? 「2017年度には一時的に原油価格の値戻しで国内物価も上がったが、原油価格がそのまま上昇し続けるわけではないので、将来のインフレ率の予測は変える必要はない」と考えるのが普通ではないでしょうか。これ以上原油価格が上がれば、米国のシェールオイルの生産量が激増するでしょうから。

「マクロ的な需給ギャップが改善していく中で、企業の賃金・価格設定スタンスも次第に積極化してくると考えられる」とも記されています。しかし、そんなことは民間の人々も当然織り込んだ上で予測をしているはずです。

日銀の成長率見通しはESPフォーキャストよりも若干(0.3〜0.4%)高いので、「民間部門の成長率見通しが正しく修正されていく過程で民間の予想するインフレ率も上がっていくだろう」ということかもしれませんが、仮に民間の成長率予測が0.3〜0.4%上がるとしても、それによってインフレ率予想が大きく変わるものでもないでしょう。

日銀のコミットを市場が信じていないことを忘れた?

「日銀が『物価安定の目標』の実現に強くコミットし金融緩和を推進してゆくことから、人々の中長期的な予想物価上昇率は上昇傾向をたどり、2%程度に向けて次第に収斂してゆくとみられる」というのが展望レポートの主張です。これは、上記より遥かに苦しいですね(笑)。

日銀は、これまでも「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進してきましたが、現在までのところ、人々の期待インフレ率を高めることができていません。普通に考えれば、大胆な追加緩和でもしない限り、人々の予想物価上昇率は動かないでしょう。根拠なく、「教祖様が唱えておられる真実を、いつかは人々も信じるようになるだろう」と言っているようにしか聞こえませんが(笑)。

2019年度の前半と後半で景気に大差ない?

日銀は、2019年10月に消費税率が引き上げられるとの前提で予測を行なっています。そうだとすれば、2019年度の前半と後半で景気の様相が大きく異なるはずです。

前回の経験から推測されることは、誰が考えても「前半は駆け込み需要で景気が過熱気味になり、後半はその反動で景気が弱含む」ということでしょう。加えて、設備投資も減速すると予測しています。そうだとすれば設備投資も前半より後半の方が悪いと考えるべきでしょう。

これに対し、日銀は「海外経済の成長を背景とした輸出の増加が景気を下支えするとみられる」としています。前回の消費税率引き上げが、引き上げ幅が3%であり、特段輸出の増加が見られなかったにもかかわらず、景気が後退せずに持ちこたえたのですから、景気が後退せずに持ちこたえるだろうという予測には同意します。

しかし、前半と比べて後半は景気の水準が大幅に低くなるということに言及していないのは、明らかに不自然です。「マクロ的な需給ギャップは2018年度にかけてプラス幅を拡大し、2019年度も比較的大幅なプラスで推移するとみられる」としていますが、本当に後半の需給ギャップも大幅なプラスでしょうか? 2019年度後半に突然輸出が激増するといったことがない限り、それは考え難いでしょう(笑)。

そうだとすると、2019年度後半に需給ギャップからインフレ率が高まることは考え難いので、「インフレ率は、2019年度前半には一時的に2%を超えると見込まれるが、後半には再び需給ギャップの解消から2%を割り込むと予想される」といったところがせいぜいでしょうね。でも、それでは「金融政策でインフレ率を安定的に2%以上にする」ということにはなりませんから、故意に前半と後半を書き分けないように留意したのでしょう。

「長いタイムラグが終盤を迎えているから、遠からずインフレ」と言うべき

筆者は、日銀ほどではありませんが、市場よりは遥かに高いインフレ期待を持っています。それは、景気が回復を始めてから物価が上がるまでの長いタイムラグが終盤に差し掛かっているからです。

景気が回復し始めても、企業は人を雇いません。今まで「社内失業」していた労働力を活用したり、残業させたりするからです。景気がさらに回復すると、企業は人を雇いますが、失業者が大勢いるので、労働力の価格は上昇しません。失業者が減ってくると、今まで職探しを諦めていた人々(子育て中の女性、高齢者など)が仕事を探し始めますから、なかなか労働力の価格は上がりません。

さらに景気が回復すると、ようやく労働力の価格が上がり始めますが、最初は非正規労働力の価格だけです。正社員は年功序列の終身雇用ですから、賃上げしなくても退職しないため、企業側に正社員の賃上げを行うインセンティブが乏しいからです。さらに景気が回復すると、正社員の賃金も上がりはじめるのでしょうが、それでも物価はすぐには上がりません。

一つには、企業に余裕があるからです。社内失業者が懸命に働くようになると、労働者一人あたりの生産量が増えるので、多少の賃上げは吸収できてしまうのです。今一つは、ライバルに客を奪われるのが怖くて値上げを躊躇することです。

しかし、ようやく長い長いタイムラグを経て、背に腹はかえられぬということからヤマト運輸が値上げに踏み切りました。そして、ライバル各社は、「値上げせずにヤマト運輸の客を奪おう」とは考えずに、追随値上げをしてきました。これは、時代の変化を感じさせる出来事であると同時に、値上げを考えている多くの企業に勇気を与えたはずです。

「今まで物価が上がらなかったから、今後も上がらないだろう」と考えるのは危険です。氷を熱しても、当初は温度が上がりませんが、氷が溶け終わると水温が上昇を始めます。今がまさに、その転換点だと思われます。

筆者が日銀の担当者だったら、このように説明しますが、いかがでしょうか。

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塚崎 公義