赤字企業が決算を偽って黒字であると発表することは、悪いことです。経営者等が刑事罰を受ける可能性もあります。それなのに、粉飾決算をする会社が後を絶ちません。なぜなのでしょうか?

日本の刑事裁判は罰が軽い

筆者が大学生だった時、法学入門で「殺し6年」と教わりました。今でも、初犯で1人殺害しただけなら、おそらく懲役10年以下でしょう。「目には目を、命には命を」と言われるわけでは無いのです。日本の刑事裁判は、罰が軽いのです。

罰が軽い理由の一つは、日本人が「恥の文化」だからでしょう。犯罪者は、本人のみならず家族を含めて一生白い眼で見られ続けるのです。これは、犯罪に対する制裁として充分に重いでしょうし、犯罪の抑止力としても充分な効果が期待できるでしょう。だから、罰は軽くても構わないのです。

粉飾決算は恥ずかしくない

しかし、そこには重要な例外があります。粉飾決算は、恥ずかしくないのです。会社を救うために行なっているという自負があり、経営者も経理部員も自分がヒーローだと思えるのです。だからこそ、粉飾が発覚しても、堂々と会社のOB・OG会で談笑したりできるのです。

「会社が一時的に赤字に転落しているけれど、遠からず黒字を回復するだろう」という時、何もしなければ銀行に融資を引き上げられてしまい、倒産してしまうかもしれませんが、粉飾決算をしておけば銀行の融資が引き続き受けられるので、黒字を回復してから粉飾分を穴埋めすれば(赤字の年と黒字の年を、両方とも±0だったことにすれば)、何事もなかったことにできるのです。

これにより、会社を救うことができ、従業員を路頭に迷わせずに済みます。銀行にとっても、赤字の借り手を清算して少額を回収するよりも会社が立ち直って全額が回収できる方が良いに決まっています。自分は世の中の役に立っているヒーローなのです。仮にバレたとしても、決して恥じる必要はないのです。

仮に、見込みがはずれて黒字を回復できずに倒産してしまった場合には、銀行に迷惑をかけますが、従業員の雇用を一定期間守れたのですから、まあ、仕方ないでしょう。

粉飾決算は見つかりにくい

いかなる犯罪も、見つからなければ罰せられません。そして、粉飾決算は見つかりにくいのです。社員の内部告発、銀行の与信審査、監査法人のチェック、税務署の検査等、見つかるチャンスはあるのですが、いずれも可能性は高くありません。

まず、社員の内部告発の可能性は小さいでしょう。粉飾を告発すれば、会社が倒産して多くの仲間を路頭に迷わせることになりかねません。会社が倒産すれば自分も路頭に迷いますし、倒産しなくても全社員から裏切り者として冷たくされるでしょう。そこまでして告発する「正義の味方」は少ないはずです。

銀行は、貸出に際して借り手の財務諸表を丹念に調べますが、個々の伝票まで精査することは通常許されませんから、粉飾を見破ることは容易ではありません。筆者も銀行員時代に「粉飾の見破り方」という講習を受けたことがありますが・・・。

監査法人も、厳しく監査をして粉飾を見破るインセンティブが乏しいのです。粉飾がバレた場合、粉飾を見落としていた監査法人も批判されますが、それで客が減るわけではありません。むしろ「あの監査法人は甘そうだ。我が社の監査もあそこに頼もう」と考える企業が顧客として集まってくるかも知れないわけです。粉飾の共犯として犯罪に問われることもないでしょう。不真面目なチェックで気が付かなかっただけでは犯罪にはなりませんから、「懸命にチェックしたけれども見抜けなかった」と言っておけば良いだけです。

税務署は、個々の伝票までチェックする権限があり、真剣にチェックしますが、利益を小さく見せる粉飾を暴くことだけに集中しており、利益を大きく見せる粉飾を暴くインセンティブは乏しいので、これも多くは期待できません。

頼みの綱は株主による訴訟だが・・・

犯罪がバレる可能性が小さく、バレても罪が軽く、恥ずかしくもないのであれば、犯罪を抑止することは困難ですね。そんな中で、強いて言えば抑止力となり得るのが株主による訴訟でしょう。

粉飾を知らずに高値で株を買って損をした株主が、経営者に損害賠償を求める訴訟を起こす制度がありますから、それに期待しましょう。もっとも、企業経営者といっても私有財産はそれほど多くないでしょうから、訴訟をして勝訴しても株主が得られる利益は決して多くないはずです。したがって、普通の株主はわざわざ訴えたりしないでしょう。

期待できるとすれば、「粉飾などという犯罪は許せない」という義憤による訴訟か、「俺の株式投資に損をさせた経営者は許せない」という私憤による訴訟でしょう。期待しましょう。

最後に一言。「粉飾は恥ずかしくない」等々は、筆者が犯罪者の心中を推測して書いたもので、筆者がそう思っているわけではありませんし、筆者が赤字企業の経営者になったら粉飾をすると予告しているわけでもありません。むしろ筆者は元銀行員として、粉飾決算に悩まされてきた立場として、なぜ粉飾決算が減らないのか考えてきた人間です。誤解しないでいただければ幸いです。

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塚崎 公義