- インド準備銀行(RBI)は、2016年からインフレ目標を重視した機動的な金融政策の枠組みを導入
- RBIは、インフレ目標達成に向けて、金融調節を用いて加重平均コールレート(銀行間翌日物金利)を誘導
- RBIは、長期金利をイールドカーブ(利回り曲線)に沿う形に誘導するための政策措置も導入
- RBIには、インフレ抑制と経済成長促進の両立が求められているが、最近、金融政策の軸足を後者から前者に移行
RBIには、インフレ抑制と新型コロナウイルス感染拡大の収束後の経済安定成長との両立が求められている。
こうしたなか、RBIは、最近開催された政策決定会合にて、慎重な金融政策を維持し政策金利を据え置いた。
そこで、今回は、インドの金融政策の現状を概観するとともに、直近の政策決定会合で政策金利の据え置きが決定された背景にある、最近のマクロ経済動向について解説する。
「インフレ目標クラブ」入り
RBIは2016年以来、インフレ目標を重視した機動的な金融政策の枠組みを維持してきた。その枠組みのなか、インフレ目標値を設定しているが、その上下に許容幅を設けてある。
インフレ目標値4%とそれに対する±2%の許容幅は2016年の導入以来変わっていない。
インフレ目標は中央政府により5年ごとに見直される。RBIにとり、インフレ抑制は主たる政策目標だが、経済成長に配慮することも求められている。
「インド準備銀行法」の前文は、RBIの機能を「経済成長目標に留意しつつ、物価の安定を維持する」ことだと明記している。
政策金利と市場オペの目標
RBIは、市中金利に影響を与えることでインフレの抑制に取り組んでいる。例えば、金利が上昇すると借入れコストも上昇するため、消費支出が減り、結果としてインフレ圧力は低下する。
RBIは政策上、加重平均コールレート(銀行間翌日物金利)に着目している。
RBIは、3つの主要な「金融政策手段」を有している;①レポレート、②限界常設ファシリティ(marginal standing facility、MSF)レート、③常設預金ファシリティ(standing deposit facility、SDF)レートである。
市中銀行がRBIから資金を借入れる場合は通常、有担保翌日物資金をレポレートで調達する。預金準備の追加的積み増しが必要になれば、市中銀行にはレポレートより高い金利に設定されているMSFレートによる借入れが可能となる(RBIに差し入れる適格担保証券の範囲は拡大)。
一方、市中銀行に過剰流動性が生じれば、市中銀行には、それを流動性吸収ファシリティであるSDFを通じて、RBIに貸出すことが認められている。
レポレートは現在4%で、いわゆる金利コリドー(政策金利に対する上下かい離許容幅)については、上限をMSFレートに(+25ベーシスポイント(bp))、下限をSDFレートに(-25bp)に各々設定されている。
RBIがこれらの資金供給・吸収オプションを用意しているため、銀行間翌日物貸出市場金利(その代表は加重平均コールレート)は、上述の3つの金融政策手段により形成される金利コリドーの範囲内に概ねとどまることが予想される(図表1)。
金融政策の効果波及経路
短期の加重平均コールレートに影響が及ぶと、理論的には、金利の期間構造を介して長期市場金利に影響が波及する。
しかし、金融市場では流動性の水準がアンバランスになることが度々見られ、その場合、短期金利の変動が長期金利に効果的に波及することは、なかなか難しい。
そこで、RBIはイールドカーブを金融政策目標達成に資する水準に維持するため、長期金利の動向を注視している。
短期金利以外の金利に影響を与える金融政策の出番である。RBIは変動金利レポやリバースレポ(債券担保による資金の借入れ)を通じて、イールドカーブ上で加重平均コールレートより残存期間が長い部分を対象に、流動性の供給・吸収を実施する。
また、RBIは、より長期の国債が使われる公開市場操作も行っている。
これらの金融調節措置を通じて金利を上下させることで、RBIは消費者や企業の支出の促進・抑制に影響を与え、インドのインフレ軌道を調整している。
RBIの現行スタンス
RBIは2022年4月8日の政策決定会合終了後に発表した声明文の中で、政策金利のレポレートを4%に据え置くと述べた。言うまでもなく、主要国の中央銀行は難しい局面に立たされている。
インドではウクライナ紛争が始まる前に、サプライチェーンの混乱でインフレ率は高止まりの状態が続いていた。
その状況は2月下旬の地政学的ショックで、インドが石油の主要輸入国であるという事情も重なり、さらに大きく悪化している。
インフレ圧力が続けば、RBIはインフレ抑制という政策への信頼を損なわないよう、金利を引き上げる必要に迫られることになる。
しかし、インフレ目標の枠組みを採用している中央銀行の場合、経済成長を完全に無視して動くことは考えにくい。RBIのジレンマはそこにある。
世界の国々がコロナ渦から脱却して、コロナ前の経済成長率を取り戻そうとする中で、金利引き上げに踏み切れば、長い間待ち望んだ景気回復の芽を摘み取ることになる。一方、インフレを抑制するには金利を引き上げる必要がある。
米国連邦準備制度理事会は、4月に発表された同国の3月の消費者物価指数がインフレ目標値(2%)を大きく上回る前年比8.5%の上昇であったことから、利上げ方針を堅持することを明らかにしている。
対照的に、インドの場合、過去3ヶ月のインフレ率がRBIの目標上限の6%をわずかに超える程度であったことから、若干余裕がある。そのため、RBIは、現段階では、金融政策の現状維持を決めている。
しかし、インフレ圧力が続けば、RBIへの信頼失墜を回避するため、最終的には金利の引き上げに追い込まれる可能性はある。
4月に発表した金融政策に関する声明文の中で、RBIは「経済成長を支えながら、インフレ率が今後も目標の範囲内に収まるようにすることを確認する」と述べている。
2月の声明文にあった「インフレ率を今後も確実に目標範囲にとどめつつ・・・経済成長を回復させ、耐性を有しながら持続させる」というスタンスと比べると、今回の声明文から、RBIの軸足が経済成長からインフレに微妙に移行したとも読み取れる。
一方、RBIが難しい決定をする必要に追い込まれる前に、物価押し上げ要因の幾つかが解決されている可能性もある。