この記事の読みどころ

今年も元旦の日本経済新聞で、恒例の「経営者が選ぶ有望銘柄」が発表されました。筆者が化学セクターのアナリストとして長年見てきた信越化学工業(4063)も、今回で4年連続上位にランクインしています。

ここで上位に入った銘柄は、後日「会社研究」という形で詳しい分析記事が掲載されます。その第4回として1月11日には信越化学工業が取り上げられました。前半の分析は納得できるものでしたが、後半には、やや違和感のある部分がありました。そのことについて筆者なりに紐解いてみたいと思います。

信越化学工業は経営者からの評価・注目度の高い企業

2017年の「経営者が選んだ有望銘柄」のトップ5は、1位・トヨタ自動車、2位・信越化学工業、3位・伊藤忠商事、4位・ソニー、5位・日立製作所でした。

信越化学工業が2位に選ばれたのは、米国子会社シンテック(塩ビ樹脂)の業績堅調や半導体ウエハー値上げ実現などのファンダメンタル好要因に加えて、金川千尋前社長の後を継いだ斉藤恭彦社長による経営の安定度が評価された結果と思われます。

なお、同社の昨年1年間の株価騰落率は+40%弱と、ダントツのパフォーマンスを見せました。今年もさらなる活躍を期待したいところです。

「会社研究」の分析に若干の疑問を感じる

さて、1月11日の日本経済新聞証券欄に掲載された信越化学工業の「会社研究」についてです。

信越化学工業は、筆者がアナリストとして長年、取材や決算説明会などで見続けてきた企業です。その間、会社のというより“金川イズム”による高収益企業への変貌を間近で見る経験ができたことは幸運でした。

同社の経営を一言で言い表すのは難しいですが、敢えて言えば無駄なコストは払わず、自社技術でコントロールできる事業領域を徹底的に世界ナンバーワンにすること、稼いだ利益を次の投資の原資に振り向けるため、常に豊富なキャッシュを手元に置いて、フル生産フル販売に徹する、というようにまとめることができると思います。

一方、「会社研究」の後半部分では、「有利子負債を差し引いたベースでの手元資金は、前期末で8,200億円もある。これを株主への利益配分強化や自社株買いに使い、ROE(自己資本利益率)を10%台に乗せれば、高株価をテコにした機動的なエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)がしやすくなる」と述べられています。ここに違和感を感じるのです。

ROE改善には自社株買いしか手段がないのか

同社の問題点としてたびたび指摘されるのが、ROE(自己資本利益率)の相対的な低さです。

リーマンショック前には10%以上のROEを記録していましたが、2016年3月期の7.5%は、グローバルで競合するデュポンの16%、BASFの14%に見劣りします。これら競合企業の時価総額は信越化学工業よりも大きく、それにはROEによる株価の評価が影響しているかもしれません。

ただ、同社のROEが相対的に低いのは、自己資本比率が81.4%(2016年9月末)と高いこと、即ちROE算出時の分母が大きいことが原因だというのが筆者の見方です。

一方、上述の分析記事では、“豊富なキャッシュ(8,200億円)を使って自社株買い/消却をし、ROEを高めれば株価が上昇してエクイティファイナンスがしやすくなる。資本市場を使いこなせる数少ない日本企業のはずなのにもったいない”と結論づけています。

自己資金で自社株買い/消却をし、自己資本をいったん減らして、さらにエクイティファイナンスをして自己資本を再び増やすというのは、不思議な論理展開ではないでしょうか。

そろそろROE主義から卒業してもいいのでは?

信越化学工業はROE計算の分子部分、即ち純利益を増やすために、目下、年間2,000億円近い設備投資を行っています。本邦初の米国でのエチレン設備建設、シリコーン樹脂の拡充、レアアースマグネット等、利益増のための設備投資の手を休めません。

これは3年後、5年後、10年後の業績拡大を見据えた成長投資にほかなりません。この資金を全て自社のキャッシュで支払うのですから、自社株を買うほどの“無駄なカネ”(筆者の意見)はありません。

機関投資家、アナリスト、特に外国人投資家の関心は依然としてROEにあることは事実です。しかし、株式への長期投資で最も大事な観点は、経営者の資質、そして、どれだけ成長投資を行うことができるかにあるのではないでしょうか。いつまでも“ROE主義”では企業の本質を見失うことにもなりかねません。

 

石原 耕一