年末は株式市場が失速しました。すわ「トランプ・ユーフォリア(根拠なき熱狂)の終焉か?」と身構える声もちらほらと聞こえてきます。

2017年もいきなり躓くのではないかとの不安感が高まる中、止まらない人民元安もデジャブを感じさせています。

中国は金利とインフレ率の上昇で景気見通しが悪化

12月29日付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)では、“中国金融システムの危険信号は消えていない(Warning signals about China’s financial system haven’t gone away)”と警鐘を鳴らしており、今年もチャイナリスクは健在な模様です。

2016年の人民元はドルに対して7%下落し、下げ幅は前年の2倍、1994年以降で最大の下げ幅となりました。ただし、問題は下落の大きさではなく、その副作用にあります。

中国政府は人民元の急落を防ぐために、為替市場への介入を繰り返していますが、その影響もあって短期を中心に金利が急騰しています。介入は市場から人民元を吸い上げますので、流動性が低下し、金融引き締めと同じ効果が発生しているのです。

また、人民元の下落はインフレ圧力も強めています。11月の生産者物価指数(PPI)は前年同月比3.3%上昇、消費者物価指数(CPI)も2.3%上昇となっています。中国ではCPIよりもPPIの方がより景気の実体に近いと指摘されており、景気が過熱している可能性があります。

金利とインフレ率の上昇は景気に急ブレーキをかける恐れがあり、中国からの資本流出とそれに伴う人民元の下落に拍車をかけています。

外貨準備の減少で負のスパイラル

人民元の下落と直接的にリンクしているのは外貨準備の減少です。

11月末の中国の外貨準備高は3兆516億ドルと前月から691億ドル減少しており、2014年6月の約4兆ドルから、1年半ほどで約1兆ドル減少しています。現在のペースですと3年後には1兆ドルを割り込む計算となります。

為替介入による外貨準備の減少が人民元の先安観につながっているものの、放置すれば人民元安容認と受け止められることを恐れて介入を繰り返しており、外貨準備はどんどん減少してしまうという悪循環にはまっています。

根本的な問題は高過ぎる成長目標か?

政府の成長目標が高過ぎることも人民元の下落につながっています。

中国政府は、2016年から2020年までのGDP成長率目標を6.5%以上に設定しています。このように高い数字が設定されている背景には、2020年に2010年と比べて所得を倍増させる計画があり、そこから逆算した数字に過ぎませんので、現実的な数字とは言えません。

2016年のGDP成長率は6.7%程度が見込まれていますが、成長は財政拡大や金融緩和に支えられており、人為的な高成長の副作用として企業債務が膨張しています。

中国企業の債務残高の対GDP比率は既に日本のバブルでのピーク時を越えており、IMF(国際通貨基金)や民間のエコノミストからの懸念が繰り返し報道されています。

過剰債務に対する懸念が中国からの資本流出を招いており、人民元の下落と密接に結びついています。そして、人民元の下落が意図せざる金融引き締めとインフレ率の上昇をもたらしています。

その一方で、中国政府は来年も6.5%程度のGDP成長率を目指すとしており、財政と金融の両面による支援を約束しています。そのため、過剰債務の解消が遅れ、インフレ率がさらに上昇する恐れがあります。

こうしたジレンマを解消するためには、中国政府は現実離れした成長目標を放棄し、より現実的な数字に下方修正する必要がありそうです。

トランプ氏は就任初日に中国を為替操作国と認定へ

人民元の下落は主に中国の国内要因が招いた結果ですが、トランプ次期米大統領が就任初日に中国を為替操作国に認定し、45%の輸入関税をかけると発言していることも状況を複雑にしています。

為替操作国の認定にはいくつかのバリエーションが考えられますが、大きな枠組みとしては大統領権限か米財務省の判断に委ねるかの2択になりそうです。

米大統領には「安全保障上の問題」や「貿易不均衡」を理由に輸入制限や課徴金を課す権限がありますので、大統領権限で45%の輸入関税をかけることは不可能ではありません。

ただし、“為替操作国”に認定する必要はなく、為替の操作を理由に関税をかけられるのかどうかは微妙な判断となりそうです。また、貿易不均衡を理由とした制裁には期限や関税率などに制限が設けられていますので無制限に何でも実施できるわけではありません。

これは公約となっていますので、1月20日の就任式では中国を為替操作国に認定することになりそうですが、“認定”自体に実質的な意味はなく、パフォーマンスの一環と捉えることもできそうです。

一方、米財務省は年2回、4月と10月に為替報告書を公表し、為替操作国認定の判断をしています。こちらは大統領の権限とはまったく次元の違う話となります。

認定には3つの基準があり、昨年の10月時点で基準をクリアしている国はありません。財務省の判断に委ねるのであれば、中国を就任初日に為替操作国に認定することは難しいと言えます。

ただし、中国や日本を含む6カ国・地域がいくつかの基準に抵触していることから、監視リストに載っています。将来的には基準を変更するなどして認定することも考えられますので、就任式では中国の認定については財務省と協議すると述べるにとどめ、結論は先送りされるかもしれません。

為替操作国認定はむしろ人民元安を加速か?

トランプ氏は人民元が不当に安く操作されていることを問題視していますので、中国が為替操作国に認定された場合の素直な反応は人民元高と予想されます。

しかし、経済への影響は“認定”そのものではなく、“関税”の方がより重要となります。

米国が中国に関税をかけた場合、中国が報復関税に動くことは想像に難くありません。結果的には世界経済が混乱することになり、ドルが上昇し、人民元は下落することが予想されます。さらに、市場全体がリスクオフとなり、安全な逃避先として円を買う動きが見られるかも知れません。

人民元をめぐる環境はまさに内憂外患です。

国内では、持続性に疑問のある高成長を人為的に達成しており、その歪みが警戒されて資本が流出し、人民元の下落へとつながっています。海外では、トランプ氏が人民元安を快く思っておらず、米中間での通貨をめぐる争いがきな臭くなっているという状況です。

 

LIMO編集部