本記事の3つのポイント

  • 有機ELを用いたフォルダブルディスプレーの実用化が進められていることで、ディスプレーの重要部材である偏光板に変化が生まれている
  • 液晶では必須だった偏光板は有機ELでは不要にもなるケースもあり、「偏光板レス化」が進展
  • 偏光板レス化により、電池容量アップ・コストダウン・低消費電力化などのメリットがある

 

 「軽く、薄く」が使命ともいえるスマートフォンなどのモバイル端末では、これまでにも内部で使用されるフィルムなどの部材で薄型化や機能統合が進められてきた。近年、スマホのディスプレーに有機ELが採用され、さらに曲がる、折りたためるフォルダブルディスプレーの実用化が進められていることで、ディスプレーの重要部材である偏光板に変化が生まれている。

 有機ELディスプレーで用いられる偏光板は、円偏光板と呼ばれ、液晶ディスプレーのような光の透過をコントロールするための必須部材ではなく、パネル内部の光反射の防止のために用いられる。有機ELは電極素材にアルミや銅などの金属を用いることから、入射した外光がディスプレー内で散乱してしまうためだ。また、反射防止には必ずしも円偏光板でなくてもよく、さらに偏光板自体が光を吸収して輝度が低下してしまうため、他の部材に反射防止の役割を付加し、代替させる開発が進められている。

 現状は、反射防止の役割をカラーフィルター(CF)に代替させる技術開発や実用化が進められているほか、複数の機能を付加する、機能のエンベデッド化も試行錯誤されている。

 また、こういった「偏光板レス」化の動きだけでなく、偏光板できっちりと反射を抑えた方が、光抜けを防ぎ、美しい画面、特に有機ELの特色である漆黒の色を表現できることから、円偏光板を10μm以下の極薄にした製品も市場展開され始めている。従来のフィルムタイプの円偏光板では10μm以下の薄さの実現が難しいため、液晶材料を用いた塗布型の部材が今後の主流になると見られている。

フォルダブルで偏光板レス進展か

 では、偏光板レス化にはどのようなメリットがあるのだろうか。主に、①有機ELを用いるモバイル端末では、偏光板レスにすることで電池容量が増やせる、②CF成膜はインハウスで行われるため、外部部材を使用するよりもコストダウンできる可能性がある、③輝度を半減させる偏光板を除くことで、輝度が向上し低消費電力化が可能になる、ことの3点が理由として挙げられる。

 これらメリットをすぐに享受できそうなデバイスが、フォルダブルディスプレーだ。まだ定まった技術傾向がなく、端末開発は各社各様の段階であるものの、折り曲げる部分の内側と外側に応力がかかることから、この負荷の影響を極力抑えるために、各部材の薄型化や削減が進展すると見られるからだ。また、フォルダブルディスプレーにはスマホほどの高画質、高精細が求められないことから、多少の光抜けによる画面の白っぽさにも寛容なデバイスであり、偏光板部材を無くすメリットの方が大きい。このため現状、偏光板レス化技術は同デバイス向けに開発が進められている。

 円偏光板の反射防止機能を代替するには、CFだけで十分だとされているが、中国・大手ディスプレーメーカーのBOEでは、COE(Color Filter On Encapsulation)という独自の反射防止CF技術を発表している。構造上、CFも視野角依存性があることから、色補償などの他の機能を付加したCF層を形成しているようで、通常のCF形成時のマスク枚数が10~12層であるのに比べ、COEでは25層ほどになっていると見られる。

 また、サムスンでは、21年モデルのフォルダブルスマホを偏光板レスにすると発表している。これはUDC(Under Display Camera)を採用する機種で、TFT(Thin Film Transistor)の下にカメラを置くため、その上にくる偏光板を無くして透過性を高める目的がある。

 前述のとおり、これらの偏光板レス化は、フォルダブルがスマホほど画質に神経質ではなく、まだ高価格でも許されているデバイスである点が要因となっている。COEは間違いなく大幅なコストアップであり、UDCを採用しなければ偏光板1枚を使用した方が費用対効果は高いため、価格が重視されるデバイスにおいては、偏光板レスが採用されるのは難しい、との見方が現状では多い。

スマホは薄型部材で美しい画面を保持

 また、これらメリットは、画面の高精細化が進展し、なおかつじっくりとディスプレーを見る用途にあるスマホにも当てはまらないという。スマホは第一に、ディスプレー画面の美しさが問われるデバイスだからだ。さらに有機ELディスプレーが主流になりつつあることで、その特色である黒色がより漆黒に映えること、「ピアノブラック」と呼ばれる美しい黒色を出すことに各ブランドメーカーが心血を注いでおり、フラグシップモデルに位置づけられることの多い有機ELスマホでは、漆黒の色が光抜けによって、うっすらと白くなってしまうことは受け入れられないからだ。

 円偏光板は、光を吸収してしまうというデメリットはあるものの、CFのような構造上の角度依存性がなく、反射光をよく防ぐことから、有機ELスマホにおいては極薄化が進展し、採用が進められている。

 有機ELスマホに極薄の円偏光板を供給するメーカーとしては、偏光板メーカーの住友化学と、偏光板部材のTACフィルムなどを手がける富士フイルムが高シェアを占めている。両社ともに液晶材料をコーティングでフィルム状にし、それに剥離フィルムをつけて供給している。剥離材料をとってしまえば、フィルム状になった機能部分だけが端末内に残る転写型のフィルムのため、10μm以下の薄さを実現することができる。

 富士フイルムの円偏光部材は、光の進行を変える部材である4分のλ板と2分のλ板で、当初はユーザー側でこれら2枚を貼り合わせていた。近年はこれら2つを1枚にした新機能製品を展開してしており、ユーザー側の利便性に貢献している。

 住友化学では、「逆波長分性液晶塗布型位相差フィルム」を展開している。液晶材料をコーティングでフィルム状にするのは同様ながら、可視域における位相変化を均一に4分の1波長にする機能を持ち、これにより有機ELパネル内での反射光を抑えている。こちらも保護シートを剥離して機能部分だけを残す転写フィルムのため、厚さは2μmと薄い。

 通常のフィルムタイプの円偏光板であれば、基材フィルムに機能を付加することから、どうしても基材フィルムの厚みを消化できず、10μm以下にすることは困難だ。ディスプレー内部のフィルムが10μm削減できると、電池用容量を増やすことができることもあり、これらの液晶材塗布型の円偏光板は、今後有機ELモバイル端末の主流になっていくと見られている。

住友化学が薄型部材で攻勢

 最後に、世界トップの偏光板メーカーである住友化学のディスプレー向け製品の数々を紹介する。同社は有機EL向けに注力する戦略を取り、偏光フィルム(板)、フィルムタッチセンサー、カバー材料、有機ELの高分子塗布型発光材料を手がけている。各部材の薄型化や機能統合を推進し、有機EL向けの円偏光板では、前述の液晶材料を塗布した位相差フィルムのほか、同じく液晶材料を用いて開発した偏光子の展開も開始している。この偏光子も厚さ2μmと極薄だ。

 さらに、タッチセンサーもセンサー機能だけを転写できる基材レス型を開発しており、これも厚さは2μm。フォルダブルディスプレーの最表面のウィンドウフィルムも手がけ、ディスプレーパネルとカバーガラス以外の光学部材は、同社ですべて提供できる製品ラインアップと体制を整えており、これらを機能統合する技術力も有している。

 有機ELの高分子発光材料については、印刷方式で有機ELディスプレーを製造する㈱JOLEDのパネルに採用され、市場展開が始まったところだ。また、量子ドットを用いた様々な素材も開発中という。

 さらに、タッチセンサーの技術や生産ラインを応用して、第5世代通信向けのアンテナオンディスプレイの開発にも着手しており、まさに全方位でディスプレー部材の最先端を手がけている。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子

まとめにかえて

 液晶に比べて、自発光デバイスである有機ELは従来から必要な光学フィルムが少ないとされており、供給メーカーにとっては事業機会の減少になると危惧されていました。ただ、こうしたピンチをチャンスと捉え、住友化学のように新たな付加価値の提案を積極的に進める企業も存在します。

電子デバイス産業新聞