キッチリ議論できない国はダメ

さて、2024年の五輪はパリで開催されるようですが、2015年に米ボストンの2024年五輪立候補の取りやめがありました。理由は86億ドル(約1兆588億円)以上という五輪開催コストで、地元住民の反対が強かったと言われています。

もしかすると、一部の先進諸国では“五輪はもういいよ"という気運があるのかもしれません。ただ、これには日本は当てはまらないのでしょう。この1年で、多くの人が言うように、日本が先進国なのかアヤシイ気がしてきましたね。

分科会の尾身会長他が提言を行うようですが、これは結論に関わらず、キッチリ議論して欲しいと思います。田村厚労相の“自主的な研究成果の発表"発言からも、あまり期待できないような雰囲気もありますが。

ひとつ言えることは、現在の世界では、立場の違う人たちがキッチリ議論できない国や組織はダメだということだと思います。五輪風に言えば、メダルの取れない国ということになります。

選手やコーチが根本的な問題の議論を避けて、そのチームはメダルが取れるのでしょうか。スポーツは詳しくないので、よく分かりませんが。

東京五輪開催後の日本を想像してみます。なし崩しに開催されたことにモヤモヤしつつも、アスリート達の頑張りに感動して、“結構、ニッポンも頑張ったね"というような会話が、日本中で交わされるのでしょうか。やはり私は、ちょっと遠慮をしておきます。

榎本 洋