トランプ次期米大統領は11月11日、政権移行チームを刷新し、委員長にはマイク・ペンス次期副大統領が就任しました。1月20日の新政権発足に向けて、いよいよ本格的にスタートを切った形です。メディアでは連日、主要ポストでの次期閣僚の名前が取りざたされていますが、早くも内紛が指摘されるなど、出だしからつまずいている模様です。

首席補佐官にプリーバス氏、「変わらない」政治で支持率低下も

要となる大統領首席補佐官には、共和党全国委員会のラインス・プリーバス委員長が任命されました。首席補佐官はホワイトハウスを取り仕切る責任者であり、実務的には副大統領よりも大統領に近いことから、陰のナンバー2とも言われています。議会が承認する必要はなく、大統領が最も信頼する側近中の側近が就くとされています。

1月20日の新政権発足までには4,000人を超える政治任用ポストを選任する必要があり、このうち閣僚を含む1,000人以上のポストには上院の承認も必要となります。共和党主流派と太いパイプを持つプリーバス氏の指名は、“現実路線”としてポール・ライアン下院議長をはじめとする共和党から歓迎されています。

とはいえ、トランプ氏の“売り”は既存の政党政治の枠組みに属さないことであり、これまで「ワシントンの政治が米国をダメにした」として、政治家を厳しく非難してきました。トランプ氏は公職についたことのない初めての大統領となることから、経験のなさが懸念されていますが、政治家としての経歴がないことこそが勝利の原動力でした。

プリーバス氏の首席補佐官就任は現実路線ではありますが、既存の政治に対する批判票がトランプ新政権の原動力だったことを踏まえると、有権者の意見を反映しているとは考えづらく、現実路線は選挙前から低かった支持率の低下を招く恐れがあります。

バノン氏のホワイトハウス入り、政権の火種か

一方、プリーバス氏と首席補佐官の座を争ったスティーブン・バノン氏には、大統領チーフストラテジスト兼顧問のポストが与えられました。

トランプ陣営で選挙対策最高責任者だったバノン氏は、人種差別的な発言を繰り返すなど物議を醸すことが多く、共和党内からも強い批判が出ていました。トランプ氏の不法移民やイスラム教徒に対する強硬な姿勢には、バノン氏の意見が強く反映されています。

そもそも旧来のワシントン政治を非難する戦略はバノン氏の立案であり、バノン氏こそ共和党を激しく批判してきた張本人です。バノン氏と共和党との間には考え方に大きな溝がありますので、政策をめぐってホワイトハウス内での対立が激化することが懸念されています。

財務長官はゴールドマン出身のムニューチン氏が有力

経済への影響から注目度の高い財務長官にはスティーブン・ムニューチン氏が有力視されています。ムニューチン氏は“世界最強”のゴールドマン・サックスの元パートナーであり、現在は自らが創業したヘッジファンドを運用しています。

ゴールドマン出身の財務長官では、クリントン政権でのロバート・ルービン氏が有名であり、「ドル高は国益」とのフレーズで世界中から米国へと投資資金を集め、90年代後半の“米国1人勝ち”を演出したことでも知られています。

ブッシュ政権(息子)のヘンリー・ポールソン氏もゴールドマン出身で、米連邦準備理事会(FRB)ではニューヨーク連銀のウィリアム・ダドリー総裁、ミネアポリス連銀のニール・カシュカリ総裁、ダラス連銀のロバート・カプラン総裁、またイングランド銀行(BOE)のカーニー総裁と欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁もゴールドマン出身であることはよく知られています。

トランプ次期大統領は金融規制改革法の廃止を公約として掲げていますので、金融機関出身のムニューチン氏が財務長官に就任した場合、金融規制緩和の方向性は揺るぎないものになりそうです。ただし、金融機関に対する国民の目は依然として厳しいことから、金融機関出身者の財務長官就任はすんなりとは行かないかも知れません。

ムニューチン氏は16日、インフラ銀行の設立を検討していることを明らかにしています。インフラ銀行は民主党のヒラリー・クリントン候補が提唱した構想で、トランプ陣営は選挙中、考慮に値しないとしてきました。

“他人のふんどしで相撲をとっている”感じではありますが、民主党からの支持は取り付けやすいでしょう。一方、大きな政府(歳出の拡大)を嫌う共和党を説得する材料としても重要な役割を果たす可能性があります。

トランプ次期政権は、今後10年で1兆ドル規模のインフラ投資を実施するとしていますが、財源については増税に頼らず、公共事業を株式化し、民間から資金を調達するという案が検討されています。民間投資を後押しするため、プロジェクトに参加する投資家には税控除を認めるとしています。

過去最大規模とされるインフラ投資が実現するのかどうか、次期財務長官の手腕に注目です。

商務長官には“再建王”ロス氏

トランプ氏が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの撤退、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しを公約としていることから、通商政策を司る商務長官も注目度の高いポストとなっています。

その商務長官には、企業再建を得意とする“再建王”のウィルバー・ロス氏の名前が挙がっています。ロス氏が就任した場合に注目されるのが“現実路線”への回帰です。ロス氏はTPPを評価しており、自由貿易の推進派でもあることから、これまでは「撤退」するとしていたTPPも「修正」により参加となる可能性も出てきます。

混沌とする国務長官の行方、共和党の反対で調整が難航か

国務長官の行方は混沌としています。

当初はルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長、ジョン・ボルトン元国連大使の名前が挙がっていましたが、両氏ともに好戦的な発言が懸念され、共和党のランド・ポール上院議員が両氏の起用に反対を表明したことで事態が流動化しています。

こうした状況を踏まえて、2012年の大統領選で共和党候補となった元マサチューセッツ州知事のミット・ロムニー氏、女性知事として知名度も高いサウスカロライナ州のニッキー・ヘイリー知事の名前が浮上しています。

国務長官は大統領継承順位が副大統領、議会(下院議長)に次ぐ高い位置にあることもあり、閣僚の中では最重要のポストとされています。

閣僚には上院の承認が必要ですが、上院の議席数が共和党52、民主党48と拮抗していることに加え、外交委員会のメンバーは共和党10人、民主党9人となっていますので、共和党から1人でも反対者がでると、承認を阻止できる状況です。こうした状況は他の委員会でも同様ですので、閣僚の承認には共和党の全面的なバックアップが不可欠となっており、候補の絞り込みには意外と高いハードルとなっている模様です。

早くも内紛勃発?

選挙戦を支えてきた盟友、ニュージャージ州のクリス・クリスティ知事が政権移行チームのトップから更迭されたことで、クリスティ知事とトランプ氏の娘婿であるジャレッド・クシュナー氏との確執がクローズアップされています。

不動産開発業者だったクシュナー氏の父親は2004年に脱税容疑で訴追され禁固2年の有罪判決を受けていますが、この時に検事だったのがほかならぬクリスティ知事であったことから、クシュナー氏とクリスティ知事との確執がまことしやかにメディアで取り上げられています

クリスティ知事は自身の知事選に絡む疑惑で元側近が有罪判決を受けており、今後はクリスティ知事への追求も厳しくなる可能性があります。クリスティ知事は当初、司法長官への就任が有力視されていましたが、現在は立ち消えになっています。

1月20日の大統領就任を約2カ月後に控え、内紛などしている場合ではないのですが、功労者であるジュリアーニ氏やクリスティ知事のポストの調整が難航していることもあり、政権移行が出足からつまずくのではないかと心配されています。

 

LIMO編集部