日本は、物質的には間違いなく、世界でも有数の豊かな国です。しかし、日本を出て他の国を見れば見るほど、私はこの国が豊かだとは思えませんでした。自分を含め、日本の人たちが疲弊しているように感じたからです。

 私はガーナで起業した直後に舌がんになり、帰国を余儀なくされ、それまで全力で仕事に邁進してきた生き方を180度見直して、無理をしないライフスタイルを追求するようになりました。この記事では、拙書『サステイナブル・ライフ アフリカで学んだ自分も社会もすり減らない生き方』から、ガーナの人たちが教えてくれた「生きやすい豊かな社会」をつくるヒントをお伝えします。

家を「借りる」のにローンを組むガーナで家探し

 ガーナにやってきた私の最初の課題は、まず、住む場所兼オフィスを探すことでした。住む場所はそうそう変えられないので、慎重に選ばなくてはなりませんでした。なぜなら、ガーナでは「家賃の2年分を前払いする」からです。

 ガーナに移る前に、パスポートのコピーを渡して1カ月分の家賃を前払いしたら、家具付きの部屋に即入居できるタイに住んでみて、「日本の賃貸市場は貸し手優位で、家賃も高すぎる」と思っていました。しかし、ガーナの不動産事情は、世界でも稀にみる高さの日本をはるかに上回ります。ガーナ人は、家を買うのにローンを組むのではなく、家を借りるのにローンを組むのです。

 何軒、家を見て回ったことでしょうか。ガーナの首都アクラは、決して物価が安くはありません。一体誰が借りるのかわかりませんが、水まわりが黒くなったカビ臭い家の家賃が、月1000ドル(日本でいえば十数万円)です。ようやく巡り合えたのは、もともとはシャワーもない古い家をリノベーションした一軒家でした。使われているのが安い素材なのは一目瞭然でしたが、新しいタイルを貼り、キッチン、シャワー、トイレをつけたばかりで、最低限の清潔感はあります。

「これなら住める」と思いました。

 なんでも、私の前の住人は、ここに住むつもりでせっせとリフォームしていたのですが、アメリカのグリーンカード(永住権)の抽選に当たり、一家揃って急遽、引っ越すことになったそうです。典型的なガーナの家は、暑さ対策のためか暗いところが多いのですが、その家は風通りがよく、明るい光が入り、運気がよいようにも思えました。

「自分でやらなくちゃいけない」という思い込み

 引き渡しの日。家に足を踏み入れて、唖然としました。

 リビングには、前夜に親族を招いて大宴会したあとがそのままで、汚れたお皿やゴミが散らばり、ソファもひっくり返っています。寝室は、子どものオネショ染みのついたマットレスがベッドからずれ落ちていて、その上には靴まで転がっていました。まるで、泥棒が入ったか、ハリケーンが通り過ぎたかのような惨状でした。流し台には汚れた鍋や皿が溢れ、冷蔵庫を開けたら、ラップもせずに生魚が入っています。キッチンからのぞく裏庭からは、小屋に入れられた1匹の犬が、鬼の形相で牙を向けて唸っていました。なんと、犬まで置いていったのです。立つ鳥、跡を濁しまくり。

 怒り狂う私を前に、ビジネスパートナーでガーナ人のカールは「まあまあ、子ども連れでアメリカに引っ越すんだから、準備が大変だったんだよ。片付けは誰かに手伝ってもらうから、心配するな」と、その惨状を目の前にしても落ち着いています。

 結局、以前からこの家に出入りしていたハウスキーパーに手伝ってもらうと、こういう惨状を掃除するのに慣れているのか、意外にもあっさり1日で片付きました。人の手を借りると、実に楽なものです。全部1人で片付けなくてはならないと思って愕然としていた自分が馬鹿らしくなりました。人に頼ればいいのです。

ガーナでの運転はスカイダイビングよりこわい

 引っ越して間もなく、車の運転を始めました。近所に住むカールの友人に、この辺りで「マシェティ」を持ったひったくりに3回遭遇したことがあると脅されたからです。マシェティとは、大きなナタのことです。それは怖いと、10年以上運転していなかったペーパードライバーを返上しました。

 乗合バンのトロトロは事故が多く、それならば自分でリスクをある程度コントロールできる自家用車で移動しようと思ったからです。運転マナーが悪いドライバーが多いガーナでは、日本人駐在員はみんな運転をしないのですが、私は逆に、輝かしいドライブデビューを果たしました。

 ガーナでの運転は、スカイダイビングよりドキドキします。信号待ちで止まっていると突然、前方車が故障して、Uターンしようとした前の車が下がってきて衝突されそうになったり、大型トラックの荷台から荷物が落ちてきたり。運転中、かなり悪態をつくようになっていました。

 それでも、日本で運転するよりも、ガーナで運転するほうがずっと気が楽でした。車の故障もしょっちゅうで、困ると道行く人に助けを求めました。まったく見ず知らずの人でも助けてくれるし、助けられないときには、ただ傍で一緒に困ってくれました。

側溝にタイヤが落ちたら、みるみる人が集まった

 助けを求める前に、助けに来てくれたこともあります。

 駐車しようとして、大きな側溝に前輪が思いっきり落ちてしまったときは、落ちたことにも気づかずアクセルを踏む私に、「おまえ、見えなかったのか」と、窓ガラスをトントンと叩いて、男性が声をかけてくれました。どうしようと考える前に、次から次にみるみるうちに人が集まって、みんなで車を持ち上げようとしてくれるではありませんか。

 結局、10人ぐらいの男性が持ち上げようとしてくれましたが持ち上がらず、運よく通りかかったレッカー車に助けてもらいました。レッカー車の予定外の活動費の交渉も、その場にいた人が私の代わりにしてくれました。

 ガーナでは、何かあっても誰かが助けてくれると思えたのです。「誰かが必ず助けてくれる」と思えるのは、本当に心強く、私の行動をより身軽に、活発にさせてくれました。それに、「みんな迷惑を掛け合っているから、完璧でなくても大丈夫だ」と思えるのです。

自分には大変なことでも、他人にとっては朝飯前かも

 私たち日本人は、「人に迷惑をかけてはいけない」と言われながら育ってきています。社会全体に「人に迷惑をかけないこと」が染みついているので、助けを求めづらく、窮屈なのではないでしょうか。

 オランダのビジネススクール入学後に受けた初めての試験で、3つ落第すると退学といわれるなか、2教科も落第点を取ってしまったときのことです。クラスメイトのティムが「わからなくて困っているなら、言ってくれたら教えたのに」と声をかけてくれました。「みんな忙しいだろうと思って……」と言うと、「忙しくたって、君にちょっと経済を教えるぐらいの時間はいつでもあるよ」とティム。

 そう、彼にとっては朝飯前の試験なのです。「みんな忙しいから、大変だから」と遠慮して、助けを求められずにいたのですが、実は自分にとっては大変なことも、人にとってはなんてことないことだったりするのだと気づきました。

 同時に、どれだけ自分が「人に迷惑をかけてはいけない」という呪縛に、必要以上に囚われていたか思い知らされました。助けは求めないと、相手に伝わらない。助けを求めたら、手を差し伸べてくれる人はきっといます。

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そもそも人間は迷惑をかけて生きるもの

 そもそも、人は、迷惑をかけて生きるものなのです。人間ほど未熟に生まれ、長期間自分で立てず、食べられず、世話にならないと生きられない動物は、ほかにいません。だからこそ、「助けを求めてきた人をどれだけ受け入れ、与えることができるか」が大事。そうすることが、まわりまわって自分を助けることになります。

 海外では、「人に迷惑をかけてはいけない」と聞くことはほとんどありません。代わりに、「他者を尊重しなさい」と言われることが多いように感じます。海外で暮らし始めた頃は、外国の友人を見ていて、「こんなに自由に自分の幸せを求めていいのか」と驚き、羨ましく思うと同時に、はじめは少し身勝手だなとさえ感じることもありました。

「耐え忍ぶ」ことが美徳とされる日本では、どこか自分の幸せを追求することを身勝手だと捉える風潮があります。日本語では、「我がまま」を「わがまま」というように、自分らしくあることを我儘だと否定的に捉える傾向もあります。

 でも、あなたの人生はあなたのものです。誰も責任を取ってくれません。自分の幸せを貪欲に追求することに後ろめたさを感じる必要はないのです。「人に迷惑をかけてはいけない」ではなく、「他者を尊重しよう」という社会になれば、誰もがもっと自由に生きやすくなるのではないでしょうか。

 日本では、ガーナのようにはいかないと思う人もいるでしょう。でも、あなたが誰かに手を差し伸べていたら、そこから少しずつ変わるかもしれません。相手にとっては、あなたを助けるなんて、たいしたことではないかもしれないのです。「自分から手を差し伸べること」を心がけてさえいれば、ちょっとくらい人に迷惑をかけてもよいのではないでしょうか。

 

■ 大山知春(おおやま・ちはる)
 VIVIA JAPAN 株式会社 代表取締役。みずほフィナンシャルグループを始め、東京やバンコクでファイナンシャル・コンサルタントとして7年間働いた後、オランダのNyenrode Business UniversityでMBAを取得。在学中の2013年に、MindNET Technologies Ltd. をガーナ人パートナーと共同設立。翌年、ガーナ初のファッション&ライフスタイルグッズに特化したオンラインショッピングストアをプレローンチ。直後に舌癌を発症し、日本に帰国。2014年12月、VIVIA JAPAN 株式会社を設立。2015年、ナチュラルセルフケアブランド「JUJUBODY」を発表。著書に『奇跡のモリンガ』(幻冬舎)、『サステイナブル・ライフ アフリカで学んだ自分も社会もすり減らない生き方』(クロスメディア・パブリッシング)。

 

大山氏の著書:
サステイナブル・ライフ アフリカで学んだ自分も社会もすり減らない生き方

大山 知春