新興国市場のESGはエベレスト登頂に立ちはだかる有名な氷河のようなものです。険しく危険で、永久凍土の下には登頂を果たせなかった登山家たちが眠っています。しかし、訓練と努力と忍耐力があれば、世界最高峰を制覇する道は開かれます。
ESGにはリスクとチャンスが同程度存在するとHSBCは考えており、投資手法の柱に据えています。ESGに関する重大な課題はある企業の持続的な収益性を左右しますが、厳密には最も重要なのは変化の方向性です。
環境・社会・ガバナンスの特定の主要な課題におけるその企業のパフォーマンスは悪化しているのか、あるいは改善しているのか。ESGの改善要因を重視することが、ESGのオポチュニティセットをリスク管理ツールからアルファ創出の源泉に拡大させることにつながります。
まずリスクを取り上げてみましょう。ESGに関するリスクは極端な天候や水資源危機、生物多様性の喪失などわずか数例を挙げただけでも環境面の課題に広範囲にわたっています。
ESGの「S」に当たるSociety、すなわち社会面のリスクは、労働者の待遇からサプライチェーンにおける人権侵害、物議を醸しているコバルトなどの資源採掘からサイバー・セキュリティ、個人情報の保護に関するものなど多岐にわたっています。
一方、ガバナンスに関するリスクとしては、取締役会による監督から所有権構造、少数派株主に対する不当な扱いなどが考えられます。
これらESGのリスクはおおむね世界共通であり、新興国市場に限ったことではありません。しかし、新興国市場の発行体の場合、特に英語での開示基準が低いことがよくあります。
財務報告と比べてサステナビリティを専門とするスタッフが少ないこと、どの報告基準に準拠すべきかについて意見がまとまっていないこと、たとえばエネルギー転換などの問題について戦略的対応がないことなど、この理由は様々です。
新興国市場の株式に投資する際のESGのリスクを管理するために、ビジネス・プロセスと戦略に関する深い理解を活かしてその企業が直面するESGの課題、複数のステークホルダー、業界を評価し、デューデリジェンスを徹底するのはアナリストとファンド・マネジャーの責任です。
このデューデリジェンスに際しては、一部の企業には恩恵になり、他の企業にとっては課題となり得る規制要件と政府の政策の変更を考慮します。
困難な作業が済めば、ESGの改善要因に焦点を絞ることができ、新興国市場が精彩を放っているエネルギー転換の分野をリードしている企業に重点を置いていきます。特にアジアには再生可能エネルギー、電化、水素エネルギー経済と循環経済などエネルギー転換を加速させている最も革新的な企業が存在しています。
とりわけ中国には、気候変動にまつわる課題そして解決策があります。中国は世界最大の温室効果ガス排出国であり、世界の二酸化炭素排出の30%近くを占めています。一方で、世界で最も壮大な脱炭素化計画を打ち出したのも中国です。
2020年9月、習近平国家主席は2030年までに二酸化炭素排出量を減少に転じさせ、2060年までに脱炭素化すると公約しました。
その後より詳細な目標が発表され、中国は風力と太陽光発電の割合を2020年の10%未満から2030年までに26%に引き上げる計画です。このためには今後5年間で太陽光と風力発電の能力を実質2倍に拡大することが必要です。
さらに、電気自動車の普及率が2030年には25%に達する見通しである乗用車用電池、およびトラック、バス、その他の商用車用水素燃料電池という電動化への2つの経路から、運輸セクターで大規模なエネルギー改革が進んでいます。
中国は2030年までに燃料電池で走るトラックとバスの台数を100万台に増やすことを目標に掲げています。
脱炭素化を進めているのは中国だけではありません。米国のバイデン政権もパリ協定と温室効果ガスの削減目標を順守することを改めて確認しています。もちろん、欧州連合(EU)のグリーンディールはカーボン・ニュートラルへの道筋を詳しく発表していますし、韓国と日本も同様です。
環境にまつわるこのような意欲的な目標を達成するには、革新的なテクノロジーと大規模投資が必要です。アジアの多くの企業が中心的な役割を果たすことにより、新興国市場のESG投資を成功へと導く道筋はいまだかつてないほど明らかになりつつあります。
HSBCアセットマネジメント グローバル新興国株式ファンド・マネジャー
ステファニー・ウー(Stephanie Wu)