澤田会長、社長・CEO兼務に

2016年10月28日、エイチ・アイ・エスは同社の新年度が始まる11月を前に経営体制の刷新を発表しました。創業者であり、これまで代表取締役会長であった澤田秀雄氏が社長を兼務し、CEOに就任するというものです。

代表取締役社長であった平林朗氏は代表権を持たない取締役副会長になり、新たに設置されるM&A本部の本部長、グローバルオンライン事業やホテル事業にも関わる体制になります。一言で言えば、澤田氏がエイチ・アイ・エスグループの現場に復帰するということです。ではいまなぜ澤田氏が指揮をとるのか、少し背景を探りましょう。

唐突な印象も

筆者の率直な印象は、澤田氏の陣頭指揮を歓迎するという気持ちと発表の唐突感が入り混じったものでした。

確かに、同社は10月期決算ですので11月1日から始まる新年度に新体制で臨みたいという理屈はわかります。しかし、株価は3,000円をやや下回る水準で、最高値圏である4,500円から下げたものの過去の推移に照らせば決して低迷しているとも言えません。

では澤田氏を動かしたものは何でしょうか。

まず考えられるのは業績の停滞です。2015年10月期は過去最高である営業利益200億円、経常利益227億円を計上しました。2016年10月期の会社計画は当初は増益計画でしたが、途中で減益計画に変更されています。

具体的には営業利益が対前年度比▲5%減の190億円、経常利益が同▲26%減の167億円となっていますが、市場の見方はさらに厳しく、経常利益のコンセンサスは128億円という極めて厳しい数値になっています。業績の急激な悪化に対して経営陣の刷新で建て直しを進めるという強い意志表示を示した、こう考えるのが自然な解釈ではないでしょうか。

欧州のテロと熊本地震

足元の業績停滞の要因は、欧州でのテロにより日本からの渡航者が伸びないこと、春の熊本地震による客足の減少で、中核2事業である旅行事業とハウステンボスグループともにマイナス影響が出ているためです。ただ、こうした要因は少し時間が経てば解消される可能性が高いため、従来であれば回復期にしっかりシェアを高める対応で良かったと思います。

しかし、今回は大きな体制変更になりました。澤田氏は従来型の対応では満足できていないのではないでしょうか。

JTBに対するチャレンジャーが、いつかチャレンジされる側に

同社の置かれている立場は大きく変わりました。簡単に言えば、同社が攻める側からいつの間にか攻められる側に立場が変わったことにあります。今回の会社発表に「攻めのガバナンス」実現とありますが、まさに「攻め」がいま必要だと宣言しているようです。

振り返ってみると、同社の成功物語は、日系エアラインと旅行代理店という硬直的な連携体制では若者が気軽に世界に旅立つことが難しいと考え、非日系エアラインの稼働率を上げるために普及した格安航空券を一手に引き受けてコスト勝負に勝っていったことにありました。

しかし時代は移ります。日本では若者が減少し、内向き志向が強まりました。航空会社はインターネットで航空券を上手く売る実力をつけてきましたし、宿泊施設の予約も施設自体のECサイトやオンライン旅行代理店が担うようになりました。今では民泊や車の手配までスマホで完結できるようになり、同社を含めた実店舗中心の旅行代理店は守りの側に回ったのです。

こうした環境変化に同社が対応していなかったわけではありません。同社は以前からアジアを中心に旅行代理店業を拡大しようと拠点を広げてきましたし、自社のネットサイトへの投資も続けてきました。

しかし、業績を見る限り旅行事業セグメントの営業利益は2009年10月期以降、100億円~125億円のレンジを行ったりきたりという推移でした。2009年10月期から2015年10月期まで営業利益は71億円から200億円まで成長しましたが、旅行事業の寄与は19億円にとどまり、最大の寄与はテーマパーク事業の94億円の利益増だったのです。

創業者の現場復帰は成功するか?

ハウステンボスの再生は同社の収益拡大に大変重要な役割を果たしました。しかも、単にハウステンボスを再興するだけではなく、「変なホテル」に象徴される近未来型の宿泊施設を軌道に乗せようとしています。これはハウステンボス社の代表取締役をつとめる澤田氏の手腕に違いありません。

今回の体制変更で、澤田氏の手腕がエイチ・アイ・エスグループ全体に及ぶという期待が大いに高まることでしょう。特に、今回新設される「M&A本部」が旅行業、ホテル業、旅行業に関連するITの分野で総額500億円までのM&Aを主体的に進めるというのは、澤田氏の強い思いの現れでしょう。

かつて同社はスカイマークを作り、パッケージ旅行の製販一体運営を目指していました。今回は、宿泊施設運営の独自のノウハウをてこに、旅行業を強化していくという展開になるのではないでしょうか。

創業者の社長復帰の最近の例にはヤマダ電機がありますが、その収益はしっかり回復しました。今回のエイチ・アイ・エスのケースではM&Aがどのように成長につながるのか、注目したいと思います。

 

LIMO編集部