英アーム社買収後、初めての首脳会談
2016年9月16日付け産経ニュースは、ソフトバンクグループ(9984)の孫正義社長と富士通(6702)の山本正已会長が、ソフトバンクグループ本社で英アーム社買収発表後初めての会談を行ったと報じました。
この会談で孫社長は、現在富士通と理化学研究所が2020年までの完成を目指して開発中の次期スーパーコンピュータ(ポスト京)のCPUに、ソフトバンクが買収した英アーム社の半導体技術を採用する決定をしたことに謝意を示すとともに、今後ソフトバンクが高性能サーバーの普及拡大で富士通と協力していく考えを示したと伝えられています。
同記事のタイトルには「極秘会談」とあったものの、内容を読む限り“極秘”という印象は受けませんが、なぜこの会談が行われたのか、その背景を考えたいと思います。
ソフトバンクの思惑
ソフトバンクはアーム社の買収手続きを9月5日に完了しており、アーム社は名実ともにソフトバンクグループの傘下に入っています。そのため、今回の会談はアーム社製品の本格的な売り込み活動の始まりと捉えられます。
アーム社といえば、モバイル向けが強く、今回の買収もモバイル製品を活用したIoT関連市場向けの成長に期待して行われたというのが一般的な見方だと思います。そうした中、スパコンに関連して会談が行われたことに少し意外な感じを持たれた方も多いのではないでしょうか。
実際、ソフトバンクの会社資料によると、2015年時点でアーム社はスマホ、タブレットなどのモバイルコンピューター用アプリケーションプロセッサーでは85%以上、自動車用では95%以上、家電用では70%と高いシェアを確保していますが、サーバー分野でのシェアは1%以下に留まっています。
とはいえ、サーバー用の市場規模は150億ドル(日本円で約1.5 兆円)と、モバイル用の180億ドルや家電の200億ドルをやや下回るものの、自動車用の100億ドルを大きく上回っています。また、同社によると2020年にはサーバー用市場は200億ドルまで成長することが予測されています。
現状、サーバー向けのシェアがほとんどない理由は、インテルがその市場をほぼ独占しているためです。ただし、その市場規模は無視することができないほど大規模です。
そうした市場をみすみす放置しておくことができない、サーバー全体の中では極めてニッチなスパコンの分野であっても大事に育てなくてはいけないという考えが、会談が行われた背景にあるという推測が可能ではないかと考えられます。
富士通の事情
一方の富士通は、現在、サービス、ソフトウエアを中心としたビジネスモデルに変革する取り組みを継続中です。今後、パソコン、サーバー、通信機器などのハードウエアをどうしていくかといったビジネスモデル変革のアップデートは、10月末の決算発表と同時に行われる予定です。
とはいえ、富士通はソフトバンクがアーム社の買収を決定した約1か月前の6月に、スパコン分野でのアーム社との協業を発表しています。また、今回の会談で次世代スパコンの開発のみならず、研究開発分野以外の一般的なビジネスでも使われる高性能サーバーの普及拡大でもソフトバンク・アーム社と協力していくことを確認したと伝えられています。そのため、スパコン、サーバーからは撤退せず、今後も継続される可能性が高いと考えられます。
なお、富士通のスパコン「京」といえば、2009年、当時の民主党政権下での事業仕訳で蓮舫議員から「2位じゃだめなんでしょうか」と予算削減を迫られたいわくつきのプロジェクトですが、演算処理能力を競う「TOP500」とよばれるランキングでは、2011年に2回、1位の座を確保したものの、その後は順位を落としています(単純な演算ではなく、複雑なデータの分析を競う「Graph500」と呼ばれるランキングでは2014年以降、1位を確保中)。
こうした中、捲土重来を目指すために、ポスト京についてはスパコンの心臓部であるCPU(中央演算装置)を全て自社開発するのではなく、アーム社の基本設計を取り込むことを決めています。
また、この方針決定の背景には、性能向上や開発費用の効率化だけではなく、市場が日本だけに限られるガラパゴス化を避け、海外展開を目指す意向も含まれていると推察できます。これまでの富士通のスパコンは、海外製に比べると搭載可能なソフトが限られていたため、海外での拡販が遅れていました。しかし、欧州を中心としてデファクトスタンダード化しつつあるアーム社の基本設計を取り込めば、より海外展開が加速すると考えられるためです。
今後の注目点
富士通については、自社技術だけにこだわらず、開発スピードを重視してアーム社の基本技術を取り込むことを決断したことはポジティブに評価できると思います。一方、ソフトバンク・アーム社については、サーバーメーカーは富士通だけではないため、他のスパコンやサーバーメーカーでも採用が進展するかを今後注視する必要があると考えられます。
ちなみに、両社の本社事務所はいずれも東京の汐留地区にあり、徒歩でも十分に訪問が可能なご近所同士です。ただ、これまでは携帯電話の端末ビジネスなどを除くと、富士通とソフトバンクはビジネス面でそれほど強い関係があったわけではありませんでした。今回の会談を契機に、両社の関係がこれまで以上に密接なものとなり、再びスパコンで世界一を取り戻すことを期待したいと思います。
和泉 美治