震災時「5000円の弁当」で儲けた店が3カ月で閉店した理由

小さな会社・自治体の「SDGs」活用法

自らの判断で適切に動いた店長たち

 被災し、その上どこにも連絡がつかない。

 本部の社員・スタッフたちも総出でフォローに回りますが、当時50店舗を超える全店舗を回れる状態にはありませんでした。本部と工場の状況把握などの対応でフル回転です。本部スタッフから各店舗へも電話・メールはつながらず、地震と津波の影響もあり、車を使った移動もままなりません。

 そんな状況下で、店長たちは自主判断でお客様と従業員を避難させます。津波に呑まれた喜久水庵・多賀城本店の店長は、すぐ近くにあるイオン多賀城店の屋上から、海を指して何かを叫ぶ方に気づいて津波を察知し、お客さまを連れて歩道橋の上に避難します。店舗は波に呑まれましたが、人的被害を免れました。

 その後、店舗が無事だった喜久水庵の店長の多くは、お店に残る要冷蔵のお菓子を避難所に寄付しました。誰の指示も受けていない状態で「電気が止まった状態で、明日になれば廃棄に回さざるを得ないお菓子も、いま食べていただければ被災者のお役に立てる」と考えたのです。

 お茶の井ヶ田の喜久福は、現在は地元のみならず、宮城をはじめ東北でも人気のお土産物となっています。多くのファンに支えられ、そこまでの人気商品になった背景には、美味しさはもちろんですが、震災時の喜久水庵で働くみなさんの行動・機知もあったといえるでしょう。

筆者の三科公孝氏の著書(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

トップの「普段の言葉」こそ混乱期の力となる

 このように、井ヶ田が震災を経てより広く知られるきっかけとなったのは、何十とある店舗の、若き店長たちの自主判断による行動でした。なぜ、そんな行動ができたのか知りたいと思った私が、店長さんたちにお話を伺ったところ、その理由は、日ごろからの経営者の「言葉」にありました。

参考記事

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執筆者
  • 三科 公孝
  • 株式会社ノウハウバンク 代表取締役

1969年山梨県生まれ。立命館大学文学部哲学科を卒業後、株式会社船井総合研究所を経て2000年より現職。中小企業の集客・売上アップ・販路開拓などの企業活性化プロジェクト、地域資源活用によるヒット商品開発や観光集客・PRなどの地方創生プロジェクト、研修・講演活動などを行う。企業・官公庁・公的団体など組織形態を問わず、実践的で確実に売上・集客につなげるコンサルティング手法に定評があり、特に近年は全国でSDGsに関する講演・セミナーを行っている。