途上国のジレンマ

20世紀には数々の途上国で経済・金融危機が起こりました。最近では、1997年のアジア危機、2000年代初頭の中南米危機において、比較的大きめの不況が一気に金融危機になってしまったケースもあります。

その大きな2つの理由として、次のような点が挙げられます。

  • 外国から期間の短い借り入れを行っていたため、外国人投資家が一斉に引き上げるだけで資金源が急激になくなってしまったこと
  • 外国からドル建てで借り入れを行っていたため、自国通貨が下落するとドル建ての債務は膨れ上がり、返済不能になる企業が続出したこと

前者は、上記の金融危機の教訓として世界中の新興国で改善がなされています。しかし後者は、今現在でも世界の多くの途上国が、ドル建ての対外借り入れを減らすどころか増加させています。

世界の新興国の対外債務に占めるドル建て債務の比率

出所:国際決済銀行、世界銀行

なぜ、途上国は危険と分かっていてもドル建ての債務を増やしてしまうのでしょう。

決して途上国の方が為替リスクに疎いというのではなく、そこにリスクがあると分かっていてもドル建てで借りざるを得ないジレンマがあります。

筆者はクラウドクレジットの活動を行う中で、たとえば米国の聡明な起業家ですら、途上国でフィンテックの活動を行う際にこのジレンマにはまってしまっている事例を見かけたことがあります。

インフレ率、政策金利が低い途上国ではドル債務は減少傾向

まず、インフレが安定している国ではこのジレンマは生じません。

クラウドクレジットが活動を行っているペルーという国はインフレが安定しており、経済が発展するとともに国内のドル経済は現在進行形で急速に縮小しています。

2013年のバーナンキショックから数年にわたって続いている新興国不安では、ペルーでは自国通貨への信認が厚いこともあり、金融活動全般の活発さは保ったままドル経済のみ急速に縮小させるなど、柔軟な対応を取ることができていました。

ペルーの民間部門への貸付増減率の推移(青線が現地通貨建て、赤線がドル建て)

出所:ペルー中央準備銀行

政策金利と連動しない途上国の貸付金利

しかし高インフレ、高政策金利の国では、ドル建てで借り入れなければどうにもならないというジレンマが発生します。その理由の元は、金融機関の貸付金利と借入金利のミスマッチです。

途上国において金融機関の貸付金利は、政策金利と連動しません。

ペルーの金融機関の平均貸付金利の推移(青線:現地通貨建て、赤線:ドル建て)

出所:ペルー金融監督庁

上の図の青線はペルーの金融機関の現地通貨建てでの平均貸付金利の推移です。この期間中にペルーの政策金利は下の図の通り1ケタ%のところで上がったり下がったりしていますが、20%前後くらいでほとんど変わっていません。

ペルーの政策金利の推移

出所:ペルー中央準備銀行

途上国における市中の貸付金利は資金需要者である事業者の利益率に左右されます。言い換えれば、途上国では中央銀行の政策金利が数%上がったり下がったりしても事業者の利益率は変わらず、よって金融機関の貸付金利もほとんど政策金利の水準の変化の影響を受けません。

一方、下の図はペルーの金融機関の借入金利です。

ペルーの金融機関の平均借入金利の推移(青線:現地通貨建て、赤線:ドル建て)

出所:ペルー金融監督庁

青線で示される現地通貨建ての借入金利も、赤線のドル建ての借入金利も、それぞれ現地中央銀行と米国FRBの政策金利と非常にきれいに連動しています。

国債金利とスプレッド金利

金融業界で金利に関わる仕事をされている方であれば誰でも知っている通り、貸付金利というのはその国の国債金利と個別の案件の貸倒リスクに対して支払われるプレミアムであるスプレッド金利に分解されます。

たとえば、ペルーのマイクロファイナンス機関に対して海外のマイクロファイナンス投資ファンドが金利12%(現地通貨建て)で貸付を行う場合、12%の金利は下の図のとおり、4%のペルー政府発行の国債の金利と、8%のスプレッド金利(マイクロファイナンス機関の倒産リスクに対するリスク・プレミアム)に分解できます。

出所:クラウドクレジット

余談ですが、このマイクロファイナンス投資ファンドが日本のファンドで為替ヘッジを行うことにより金利を円建てにした場合、ヘッジ取引を行うスワップ市場で裁定が働き、国債金利も0%(日本国債の金利は約0%)になり、円建ての金利は全体で8%になります(ヘッジ取引を行ってもスプレッド金利は変わらない)。

上の例では投資ファンドはリスクに見合ったスプレッド金利を得られ、マイクロファイナンス機関もそこそこの金利で借り入れを行うことができ、ウィン-ウィンの関係となります。

ところが、インフレ率が高く、それを抑えるために政策金利も高くなっている国ではそうはいきません。

仮に、ケニアのマイクロファイナンス機関が金利12%で日本のマイクロファイナンス投資ファンドからお金を借りたいとします。ところが、ケニアはペルーと比べてインフレ率がかなり高く、それを抑えるために政策金利も高くてだいたい11%くらいです。

この場合、もし日本の投資ファンドがケニアのマイクロファイナンス機関に金利12%で貸すと、下の図のように貸し倒れリスクに対するスプレッド金利は1%しか貰えないことになります。

出所:クラウドクレジット

もちろん、これをケニアの現地通貨建てから円建てに為替ヘッジすると、金利は1%になってしまいます。

前出のペルーのマイクロファイナンス機関とケニアのマイクロファイナンス機関の倒産リスクがだいたい同じであるとした場合、ほとんどの投資家はスプレッド金利が8%取れるペルーのマイクロファイナンス機関にしかお金を貸さなくなります。

そうであれば、「ケニアのマイクロファイナンス機関は11%プラス8%で19%の金利でお金を調達してしまえばよいのでは」と思われるかもしれません。

しかし、上で説明した通り、金融機関の貸付金利はその国の事業者の利益率で決まってくるため金融機関は高い資金調達コストを貸付金利に転嫁することはできません。

そのため、19%などという高い金利でお金を調達してしまえば、活動を行う費用をまかなったりローンの貸し倒れに対する引当金を積んだりすることができなくなってしまいます。

そこで、ケニアのようにインフレ率や政策金利が高い国のマイクロファイナンス機関は、ドル建てで海外投資家からお金を借りるようになります。

現在の米国債の金利はだいたい1%くらいですので、スプレッド金利を8%支払っても合計の金利は9%で済みます。

もちろん為替リスクがあるのは分かっています。しかし、ドル建てで借り入れを行う他にどういった手段があるというのでしょう。

こうして現在でも世界の途上国のドル建て債務は膨らみ続けています。

このような目先のメリットがあることから、多くの途上国では現在でも対外借入に占めるドル建て債務の比率は増加傾向にあり、安定成長に対する潜在的な障壁になっています。

 

クラウドクレジット