9月20・21日に開かれる次回の米連邦公開市場委員会(以下、FOMC)では、追加利上げは見送られるとの見方が優勢です。とはいえ、米連邦準備理事会(以下、FRB)高官からは利上げに前向きな発言も多いことから、年内の利上げ観測は残されています。

こうした状況の中、ハト派で知られるラエル・ブレイナードFRB理事の発言に対する注目度がにわかに高まっています。

イエレン議長の発言を打ち消したブレイナード理事

9月FOMCでの利上げをめぐるFRB高官の発言などを簡単に整理すると、無風と思われた9月FOMCで利上げ観測が台頭したのは、8月下旬にワイオミング州ジャクソンホールで開かれたシンポジウムで、イエレンFRB議長が「利上げの論拠がここ数か月で強まった」と発言したことがきっかけでした。

イエレン議長の発言には、フィッシャーFRB副議長も同調したほか、カンザスシティ連銀のジョージ総裁、アトランタ連銀のロックハート総裁、クリーブランド連銀のメスター総裁と、次々に地区連銀総裁も利上げに前向きな発言をしたことから、市場ではFRBは利上げに向けてコンセンサスを形成した模様との憶測が広がりました。

しかし、パウエルFRB理事やタルーロFRB理事が利上げに慎重な姿勢を示したことから、FRBも一枚岩ではないとの見方が浮上すると、金融政策に関する発言を控えるブラックアウト期間入りする直前の9月12日、ブレイナード理事が「利上げを急ぐべきではない」と発言したことから、マーケットの見方は利上げ見送りへと傾きました。

FRB執行部は利上げ見送りで合意を形成へ

ブレイナード理事の発言がイエレン議長より重要とさえ言われる背景には、まず「理事」であること、そして中立が求められるFRB理事としては異例とも言える政治的な影響力の強さにあります。

現在FOMCで投票権を持つのは5人の理事(正副議長を含む、定員は7名だが2名空席)と、5人の地区連銀総裁の10人です。ニューヨーク連銀総裁は副議長を兼務していることもあり、通常は執行部と見なされますので、議長を中心とした執行部側の6人が同調すれば多数決で負けることはありません。

FOMCで反対票が投じられることが珍しいわけではありませんが、反対票を投じるのは地区連銀総裁が圧倒的に多く、前回7月の会合でもジョージ総裁が利上げを主張して反対票を投じています。一方で、執行部内では意見の対立があっても最終的には合意が形成されることが多く、票が割れることはまれです。

したがって、ポイントは執行部の6人がどのように合意をするのかになりますが、これまでの経緯を踏まえると、利上げに前向きだったイエレン議長にブレイナード理事が待ったをかけた格好となっています。執行部内では票が割れないと考えるのであれば、9月の利上げは時期尚早として見送られることになるでしょう。

FRB理事としては異例の政治力、次期財務長官との声も

通常であれば、議長が利上げの意向を示せば執行部も追随すると考えられますが、ブレイナード理事が首をタテに振らない限り、議長といえども主張を押し通すことが難しいとされている背景には、同理事の政治力があります。

FRBは政府からの独立性が強く、政治的には中立が求められている中で、ブレイナード理事は政権との関わりが極めて強いと言えます。もちろん、政治的な信条は自由なのですが、FRBには特定の候補を支援することを避ける傾向があるにもかかわらず、ブレイナード理事はヒラリー・クリントン候補への献金を公言しており、クリントン家との親密さは有名です。

経歴を見てもクリントン政権で大統領副補佐官などを務めたほか、オバマ政権では2010年から2013年まで財務次官に就き、2014年からFRB理事に転じていますので、ホワイトハウスに近いことが分かります。

クリントン候補が大統領になった場合、財務長官への就任が有力視されているほか、次のFRB議長候補としても名前が挙がっており、将来を嘱望されていることもブレイナード理事の影響力を高めているようです。

利上げ見送りでクリントン候補を支援?

ブレイナード理事にはこうした政治色の強さがあるなかで、大統領選挙の投票日も迫ってきたことから、ウォール街でもさまざまな憶測が飛び交っています。

米大統領選挙では民主党のクリントン候補の優勢が伝えられてはいますが、共和党のトランプ候補との支持率は拮抗していますので、形成が逆転する可能性は十分にあります。

クリントン候補は民主党のオバマ政権を引き継ぐことになるので、投票は現政権である民主党への信任投票でもあります。こうした視点に立つと、クリントン候補の独自色よりも景気そのものが投票に影響する可能性が高く、中でも失業率や株価といった分りやすい数字が注目されます。

最近では健康問題も加わってクリントン候補の苦戦が伝えられており、選挙直前のこの時期に株価が失速すれば、マイナス要因になることは明らかです。クリントン候補を支援する意味でも9月利上げは断固として回避するのではないかとの見方もあります。

財務長官に就任ならドル安誘導も

ブレイナード理事の9月12日の講演では、ドルに対する言及も目立ちました。まず、2014年6月から2016年1月までの間に「ドルは20%近く値上がりし、2%程度の金融引き締め効果があった」としています。また、ドル安にはインフレ効果があるとしていますので、低成長・低インフレからの脱却の切り札としてドル安政策を前面に押し出す可能性もありそうです。

1990年代にはルービン米財務長官(当時)が、「強いドルは国益」としてドル高政策を展開した結果、日本には珍しい円買い・ドル売り介入にまで追い込まれたこともあります。

米国の財務長官が積極的に通貨政策に関与してきた場合にはその影響力は計り知れないものがあると言えますので、ブレイナード理事の今後の言動や去就には引き続き高い関心が寄せられることでしょう。

 

LIMO編集部