この記事の読みどころ

米ワイオミング州ジャクソンホールで、2016年8月25日から27日まで開催されたカンザス連銀主催の年次経済政策シンポジウムに市場の注目が集まりました。過去、ジャクソンホールでの発言が、その後の金融政策を左右したこともあります。たとえば、2010年には米連邦準備制度理事会(FRB)バーナンキ議長(当時)が量的金融緩和を示唆、実際その後導入したというケースもありました。

今回のシンポジウムでは、FRBイエレン議長が米国の金融政策について説明するかに関心が集まりました。イエレン議長の講演は、目先の金融政策と将来的な金融政策にバランスよく言及、極端な市場変動を回避しつつ、市場に利上げ観測を織り込ませる内容であったと見ています。

  •  利上げの条件が整うとの発言の真意は?
  •  将来的な金融政策として活用される手段は何か?

ジャクソンホールのイエレンFRB議長講演:利上げの論拠はこの数か月で強まった

イエレン議長は26日の講演で、米国の状況について、労働市場の堅調さが継続していることやインフレ率に対する米連邦公開市場委員会(FOMC)の見通しを考慮すると、フェデラルファンド(FF)金利引き上げの論拠はこの数か月で強まりつつあるとの認識を示しました。

また、同じくジャクソンホールを訪れていたFRBフィッシャー副議長がCNBCとのインタビューで、イエレンFRB議長の講演について、9月利上げの可能性を残していると述べました。正副議長両者の発言を受け、市場では利上げ時期が早まるとの観測が台頭、為替市場ではドル高が進行するなど、市場参加者の利上げ観測が高まりました。

どこに注目すべきか:ジャクソンホール、労働市場、政策手段

ジャクソンホールのイエレン議長講演は、目先の金融政策と将来的な金融政策にバランスよく言及することで、極端な市場変動を回避しつつ、市場に利上げ観測を織り込ませる内容であったと見ています。

目先の利上げ時期について、イエレン議長は雇用市場などの回復を指摘し、「利上げの条件が整う」といった表現で利上げが近いことを示唆しました。ただし、イエレン議長が講演の中で利上げの時期を特定しなかったこと、講演の大半は低水準の政策金利が続くことを前提としたかたちで将来の金融政策について語ったことなどから、市場では真意をめぐり迷いも見られました。

しかし、フィッシャー副議長がCNBCとのインタビューで、イエレン議長の発言は9月利上げの可能性を残すものだと指摘するなど補完したことで、利上げ期待が高まる格好となっています。ただし、仮に9月の利上げとなればドル上昇などの懸念が拡大することや、大統領選挙を11月に(候補者の討論会は9月と10月)控えての利上げを覚悟するほどのメッセージとしては不十分とも見られ、9月よりは、12月利上げの見方を維持すべきと考えています。

イエレン議長の講演前、市場では過半が年内の利上げは無いと考えていた模様で、やや警戒感が低すぎたようにも見えます。仮にこの状態で利上げを実施すると、ショックが大きく市場が大きく変動する恐れがありました。本当に利上げするかは今後の判断ですが、このように、可能性があることを市場に伝えることは中央銀行の大切な役割と思われます。

次に、将来的な金融政策について、イエレン議長は金融当局の 「ツールキット(政策手段)」見直しについて、債券(国債)購入と長期にわたり低金利を維持する方針の確約(フォワードガイダンス)といった、金融危機時に活用した2つの手段に効果があった点を強調しました。

仮に現在の緩やかな利上げペースが続けば、政策金利が景気回復時に通常見られるような水準(たとえば3~5%)に達する前に、次の景気後退(リセッション)が訪れる可能性も考えられます。そうすると、通常は有効な政策手段である利下げが、回数が限られることで効果が低下する恐れがあります。そのような場合でも金融政策ツールの次の手として国債購入とフォワードガイダンスという備えがあることを指摘しています。

将来の金融政策を語る上で、自然利子率(インフレを加速も減速もさせない景気に中立な利子率)の低下についても言及しています。自然利子率は、8月中旬にサンフランシスコ連銀(自然利子率の推定で有名)が米国の自然利子率の低下を指摘したことで、市場でちょっとした話題になりました。自然利子率の低下を前提に、サンフランシスコ連銀は従来の金融政策を見直し、たとえば名目GDP(国内総生産)をターゲットとする政策などを提案したからです。

しかし、イエレン議長は自然利子率低下の可能性は認めつつ、提案された新たな金融政策については今後の課題としています。イエレン議長が自然利子率に言及したことで、たとえ利上げがあっても、利上げの着地点は低いことを暗示したとも考えられます。

イエレン議長の講演は、警戒感が低かった市場に利上げの可能性を織り込ませつつ、将来的な金融政策を検討する中で自然利子率の低さに言及することなどで、利上げの着地点が低いことを暗示、市場の変動にも配慮したバランスの取れた内容であったと見ています。

ピクテ投信投資顧問株式会社 梅澤 利文