本記事の3つのポイント

  • コロナで非接触ニーズが拡大。触れずに操作できる空中ディスプレーやホバーディスプレーの用途拡大が進んでいる
  • 空中ディスプレーの市場拡大に対する期待が高まる。関連する部材各社も事業拡大に向けた動きを強める
  • オフィスや商業施設など不特定多数が出入りする場所や空間での積極的な導入が見込まれている

 

 空中ディスプレーを形成する主材料、「ASKA3Dプレート」を手がける㈱アスカネットが5月に実施した「コロナショック前後のモノとの接触」に関する意識調査(全国の20~60代の男女1204人に実施)によると、実に80%の人がコロナショックで「モノとの接触が気になるようになった」と回答し、お店や施設などでやってほしい対策1位は「非接触で操作できるパネルやボタンの導入」であったという。先日、日鉄興和不動産㈱が手がける分譲マンション(2021年11月竣工)でも、エレベーターに手をかざすことで操作できる「非接触ボタン」機能を搭載すると発表しており、今後身近なところでの「タッチレスタッチ」操作が増えていきそうだ。

タッチしないタッチパネルが普及へ

 タッチレスでエレベーター操作を可能にするのが、フジテック㈱が展開するエレベーター「エクシオール」シリーズだ。同製品は、赤外線ビームを用いたセンサーに手をかざすことでボタン操作ができる。同社では、4月から新設向けを、8月から既設エレベーター向けを展開しており、9月には複合用途施設の既設エレベーターに、リニューアル工事を施して非接触ボタンを設置し稼働させている。

 また、ミナト・アドバンスト・テクノロジーズ㈱では、非接触赤外線センサー「ディスプレア」を開発し、市場展開を開始している。筐体はベゼル(枠)のみで、既存の端末に後付けでタッチレス操作を付加することが可能だ。新光商事㈱も、後付け可能なフレームタイプのタッチセンサーを展開しており、NECマグナスコミュニケーションズ㈱が手がける券売機に実装し、7月からタッチレス券売機の実証実験を開始している。新光商事では、前述の「ノータッチフレーム」のほか、ASKA3Dプレートを用いた空中ディスプレー「AIplay」も展開し、ホテルのチェックインカウンターや企業の受付などに導入している。

 このような「タッチしないタッチパネル」操作はホバーやジェスチャー技術と呼ばれ、タッチレスな操作方法を用いて、近未来感を演出したディスプレーが提案され始めている。ホバー操作とは、画面から数cmほど離れた地点から任意の画面操作をするもので、センサーにはスマートフォンで用いられるマルチタッチ可能な静電容量式センサーの相互容量式か、単に触った場所を検知するだけの自己容量方式、これらハイブリッド方式、赤外線(IR)センサーなどが用いられている。ホバー操作をするには、これらセンサーの感度を上げ、ノイズ対策を施せば良く、技術的にはすでに確立されている。コロナによる非接触ニーズに早急に対応するために、比較的簡便な赤外線センサー方式での操作が先鞭をつけたようだ。

近未来向けだった空中ディスプレーが実用化

 非接触パネルとしては、ホバー技術のほか空中ディスプレーもにわかに注目が高まっている。空中デイスプレーは、これまでにもその近未来感からアミューズメント的要素を持つ場所などで採用事例があるが、課題としては、用途開拓のほか、ディスプレーの映像を反射させるために幅や奥行きが必要とされ、設置する場所を選ぶことが挙げられる。これも、コロナによる非接触ニーズで注目が高まり、採用が加速しつつある。

 同技術で存在感を放つのがアスカネット㈱だ。同社が開発した空中結像プレート「ASKA3Dプレート」は、ごく小さなミラーを、数百μm単位で規則的にパターン成型した特殊なプレートだ。物体の放つ光線が同プレートを通過することで、その反対側の同じ距離の位置に再び光を集めて、元の画像と同じ像が形成できる仕組みになっている。これを赤外線センサーなどと組み合わせることで、空中画像でのタッチ操作が可能になる。すでに、前述の新光商事や日本電通、コンバージェスプロモーションズ(米)などがASKA3Dプレートを採用して空中ディスプレーを開発しており、アスカネットでも同製品を搭載した非接触タッチパネルを、回転ずしチェーン「くら寿司」の店舗受付機に実証導入している。

 さらに同社では、ガラス製のASKA3Dプレートの量産技術の内製化と生産体制を確立すべく、技術開発センター(神奈川県)の整備計画を進めている。同社は樹脂製とガラス製のプレートを展開しているが、ガラス製は結像品質が高く、大型化も可能なことから、サイネージ用途で高単価が見込まれるものの、生産能力が弱いことやコスト高が課題となっていたという。ガラス製の量産技術の課題をクリアし、早期に効率的な量産技術の内製化と初期量産体制の確立を目指すとしている。

 画像を空中に映し出すのに重要な役割を果たすもう1つの素材が、日本カーバイド工業が手がける「空中ディスプレー用リフレクター」だ。ポリカーボネート樹脂製で、光が入った方向に再帰反射する再帰反射シート技術を応用展開したもの。すでに日立オムロンターミナルソリューションズ㈱やマクセル㈱などが採用している。

 3月にオープンした高砂熱学工業㈱の研究開発拠点「高砂熱学イノベーションセンター」(茨城県)では、施設内の展示スペースの体験映像に、日本カーバイド工業の空中ディスプレー用リフレクターとビームスプリッターのユニットを採用した。最先端の空調システムを紹介する体験映像において、空調設備のCGが空中に浮かび上がり、この空中像を手でスワイプするとCGが回転し、空調設備を360度から見ることができるという。

 空中ディスプレーを形成するには、ASKA3Dプレートや空中ディスプレー用リフレクターを使用するほか、自社で素材~モジュール化して手がけるケースもある。

 情報通信研究機構発ベンチャーのパリティ・イノベーションズでは、空中映像・空中ディスプレーの研究開発を行っており、最新のナノテクノロジーを駆使して光学素子「パリティミラー」を開発。2面コーナーリフレクターアレイ(Dihedral Corner Reflector Array=DCRA)構造を持ち、離散的な単位光学素子によって光線を細かく分割し、幾何光学的にそれらを集めて結像させる仕組みだという。

 パリティミラーによる空中映像は、映像が視察される距離や方向に関わらず、空中で確定した位置で見られ、現実の物体の様な存在感や臨場感を出すことができる。小型のパリティミラー(10cm角程度)を用いれば、手が届くほどの短距離で空中映像を見ることができるパーソナルな装置も実現可能だ。また、自分のスマホを用いて、好きな画像や動画を空中映像として表示することも可能。開発中の専用のアプリをインストールすれば、スマホを空中デイスプレーに変えることもできるようになるという。

「今すぐにでも使える製品」で市場は争奪戦に

 新型コロナウイルスの世界的な流行に伴う、ビフォー/アフターコロナの世界における決定的な違いは、衛生面への意識だ。世界的に手洗いやうがい、マスク着用の重要性が説かれるなか、不特定多数の他人が触れるものへの嫌悪感も顕在化させた。このことでにわかに注目を集めた技術が、従来開発や提案はされてきたものの、実際のニーズを捉えることが難しかったホバー操作ディスプレー空中ディスプレーやといった非接触パネル技術である。コロナニーズで非接触パネルへの要求が拡大しつつあり、技術を持つメーカーは急ピッチで製品化を進めている。

 しかし皮肉にも、感染拡大の収束がまだ見えないコロナがニーズの牽引役になっているため、「今すぐにでも使える製品」が強く要望されている。タッチレス操作技術が抱えていた積年の課題を、コロナが解消しようとしている側面がある一方で、このニーズをいかに早く捉えることができるかが、参入各社の今後を左右しそうだ。

 というのも、コロナにより顕在化した非接触ニーズは、タッチレス操作技術がこれまでにターゲットとしてきた用途と変わりがないからだ。例えば、公共の場やオフィスなどの券売機、自販機、ATM、医療機器、宅配BOX、トイレのボタン、コピー機や電話、エレベーターなどで、家庭内ではスイッチやエアコン、タブレットなどが想定されていた。コロナの前後で想定用途は変わらないものの、具体的に話を進めたがる顧客がいなかった点が、コロナショックによって大きく変わった。エレベーターのボタンや券売機はすでに専業メーカーが動き出してニーズを捉え始めており、早くも市場は争奪戦に突入している。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登 美英子

まとめにかえて

 新型コロナによって、衛生意識が高まったことで「非接触」に対するニーズが急激に増大しています。空中ディスプレーやホバーディスプレーはこれまで、技術的にはある程度確立できていたものの、確固たるアプリケーションを見出せずに、燻っていた印象がありました。結果的に世界的なパンデミックがこの扉をこじ開けたといってよいでしょう。

電子デバイス産業新聞