ボーナスカットがなければ営業赤字だったQ1決算

東芝の8月15日の株価は、業績の回復と上期業績予想の上方修正が好感され、大幅高で寄り付きました。ただし、2017年3月期第1四半期決算の内容を詳細に見ると、”素晴らしい”と手放しで称賛できるものではありませんでした。

特に気になるのは、営業利益回復の大半がコスト削減によるものであったことです。決算資料によると、増益要因は固定費削減が+338億円、緊急対策(賞与削減等)が+244億円と、コスト削減のみです。これでは、自律的な回復に向かったと評価するにはまだまだ時期尚早という印象は免れません。

仮にリストラ効果や従業員のボーナスカットがなければ、増収効果やミックス改善による増益効果が皆無であったため、大幅な赤字が続いていたということになります。また、緊急対策である従業員のボーナスカットは未来永劫にわったて継続できるものではないことにも留意すべきでしょう。

さらに、財務体質が依然として非常に脆弱であることも気掛かり材料です。2016年6月末時点での株主資本比率は7.0%と、3か月前に比べてわずか0.9ポイント改善したにすぎません。最終黒字を計上し剰余金は増加したものの、円高により外貨換算調整額が悪化したことが足を引っ張っていました。

今後、円高影響が一服して円安に向かった場合には改善の可能性はあります。しかし、社会インフラや半導体という事業を長期間にわたり継続していくためには、株主資本比率の絶対水準が非常に心許ないものであることには変わりありません。

なお、東芝は現時点で東京証券取引所から特設注意市場銘柄に指定されているため、株主資本を公募増資によって補強する経路が経たれています。

ただし、9月末に予定されている審査により指定が解除された場合には、資本増強のための公募増資を検討する可能性も十分に考えられます。その場合の1株あたり利益の希薄化リスクについても今後は注意が必要となります。

ディスクロジャーには一定の進展が見られた

とはいえ、今回の決算ではIR資料がこれまで以上に充実していた点はポジティブな評価が可能だと感じました。

具体的には、「市場における最近の関心事について」というタイトルで、米国のCB&I傘下の原発建設会社であるCB&Iストーン・アンド・ウエブスター社(以下、S&W)の買収に関連する訴訟提起問題や、米国LNGの長期購入契約に関するリスク、退職給付債務の割引率が他社に比べて高い理由に関して、説明が行われていたことです。

その内容を簡単に見てみましょう。

まず、S&Wについては双方の主張が詳細に解説されていますが、結論としては「本訴訟の内容は第三者会計士に判断を委ねることの差し止めを求める」ものであるため、本訴訟による同社への影響はないとされています。

訴訟の論点は、過去に受注した米国の原発4基に関する運転資本額の資産価値に関連するものです。今年5月に三菱重工が、南アフリカの火力発電所建設案件を巡り、日立製作所に対して3,790億円の巨額の支払い請求を行い話題となりましたが、これは両社が事業統合する以前の案件に関連するものでした。これと同様に、CB&Iとの訴訟も東芝がS&WをCB&Iから買収する以前の案件の評価が争点となっています。

なぜ、買収が成立してから“もめごと”が起るのか、と不思議にお感じの方も多いと思いますが、長期間のプロジェクトが含まれるインフラ案件での買収では、資産評価が買収後も変化することが稀ではありません。そのことは、三菱重工と日立の例からもお分かりいただけるかと思います。

ただし、問題は今後の業績への影響が見通しにくいことです。今回の東芝での説明では、この訴訟自体による業績への影響がないことは理解できるものの、双方の運転資本の評価額には相当な乖離があるため、これをどのように折り合わせていくのか、依然として不透明感が残ります。

2つ目のLNG問題というのは東芝が2014年に発表した案件で、2019年以降、20年間にわたり米フリーポート社から毎年220万トンの天然ガスを引き受け、LNGに変換する液化サービスを行うとの契約に関するものです。

従来、こうした事業は電力・ガス会社や総合商社だけが行っていましたが、東芝はLNGと発電機器を組み合わせて販売することを目的に参入したとしています。とはいえ、資源価格の下落により、引き受けた数量を目論見通りに適切な価格で販売できるのかという懸念が株式市場には根強いため、今回新たに詳細な説明を行っています。

結論は、「マーケティング活動を展開することで契約締結が実現可能」とされています。ただし、運転開始の1年前からは、目論見取りの販売ができない可能性が出てきた場合には損失相当の引当計上を行うことを継続検討中である点も明らかにしています。

まだ2年ほどの猶予期間があるので心配しないでほしいというのが会社側のメッセージだとは思いますが、こうした潜在的なリスクは、依然として気掛かりな材料であることには変わりがありません。

最後は、退職給付債務の割引率が1.1%と、他社の0.6%に比べて高いことの理由についての説明です。それについては、加重平均割引率が国内は0.6%と他社並みである一方、海外が3.5%と高いことが背景にあるという説明があり、今後は有価証券報告書でも国内・海外を明記して分かりやすくするという方針が示されました。

ちなみに、この問題が株式市場から懸念されている理由は、割引率が低下すると退職給付債務の積立不足が拡大し、株主資本が毀損するからです。

他社でも、マイナス金利の導入により実勢金利の低下が進んでいるため大きな問題となっていますが、この割引率について、東芝は他社よりも甘い割引率を使っているのではないかという疑念があったため、今回の説明が行われたと推測されます。

今回の説明は明確で納得のいくものでしたが、1つ疑問が残ります。それは、今年さらに金利が低下し、割引率が見直されたらどうなるのかということです。急激な金利上昇が見込める環境下ではないため、割引率の変化による株主資本への感応度まで説明を行っていれば、より分かりやすかったのではないかと思われます。

まとめ

決算内容はともかく、ディスクロジャーの進展が見られたことが今回の決算で特筆すべきポイントでした。今後は、今回示されたリスクや懸念をさらに解消していくために、東芝が株式市場との対話を深めていくことができるかを注視していきたいと思います。

参考:東芝の過去5年間の株価推移

 

和泉 美治