母のために顔色を見て暮らす日々

Kさんは四人家族の家庭に育ちました。ちょっとしたことで怒鳴ったり物に当たる父と、そんな父に意見できない母、空気を読むのが苦手で父をたびたび怒らせてしまう妹の中、自分が優等生でいることでバランスを取り、家庭内の平穏が保てるよう必死に生活を送っていたといいます。

「父は子育てに一切関わらない人でした。ただ、私たちが父の気に入る返事をしないと『お前はどんな教育をしてるんだ!』と母を怒鳴りつけるので、父の前で粗相をしたくないという思いが強かったです。無邪気に遊んでいる時でも『これ以上やるとお父さんが怒るかもしれない』と考えるのでいつも遠慮がちに過ごすというか。私たちのミスは母の失点。とにかく母が怒られないようにするのに必死でした」

楽しいことややりたいことよりも「父が機嫌を損ねて母が怒鳴られてしまわないこと」を優先しながら暮らしたというKさん。気づけば学校や会社でも「影響力のある人が不機嫌にならないでいる選択」を常にするようになり、時には貧乏くじを引くことも多かったそうです。しかし「父が怒鳴り母が悲しい顔をするあの光景を見るくらいなら、自分の気持ちなどは優先するほどのものではない」と思っていたといいます。