この記事の読みどころ
イタリアの銀行の不良債権比率が高水準となっていることに市場の注目が集まっています。英国の国民投票を受け市場のセンチメントが悪化している中、不安材料に市場が反応しています。ただ、イタリアの銀行の流動性は高く、信用力の著しい低下も現段階では回避されているなど、冷静に判断すべき面も見られます。それでも、イタリアの銀行の不良債権を処理する道筋が不透明である点には注視が必要と思われます。
- イタリアの銀行の不良債権に注目が集まる
- なぜイタリア政府の銀行支援が進まないのか?
- 当面は欧州の銀行ストレステストに注目
イタリア大手銀行:欧州中央銀行が不良債権の削減などを要請
足元イタリアの銀行の不良債権が注目されたきっかけは、イタリアの銀行モンテ・デイ・パスキ・ ディ・シエナ(モンテパスキ銀)が2016年7月4日に欧州中央銀行(ECB)から書簡(草案)を受け取り、不良債権比率の引き下げなどを要請されたと発表したことです。
報道では、モンテパスキ銀に2015年時点の不良債権(242億ユーロ)を2018年に146億ユーロにまで削減することなどが求められています。報道を受け、モンテパスキ銀などイタリアの銀行の株価が下落する中、イタリアの銀行の不良債権に対する不安が拡大しました。
どこに注目すべきか:不良債権、Atlante、BRRD、ストレステスト
イタリアの銀行の不良債権比率(不良債権を正常債権と不良債権の合計で割った割合)は概ね18%程度と高水準となっています。イタリアの銀行全体の不良債権額は2015年末で約3,600億ユーロと、イタリアGDP(国内総生産)の2割程度となっています。
ただし、イタリアの銀行の預金残高は高水準で流動性は高く、債務危機時に見られた預金の流出という減少が見られないなど信用力の著しい低下は現段階では回避されています。
では、なぜイタリアの不良債権が注目されているのでしょうか?
まず、不良債権がある程度あっても、健全な経済成長が見込めれば不良債権が徐々に低下することも期待されます。しかし、イタリア経済の大幅な回復は当面見込み難いというのが理由の1つです。
次に、イタリア政府も不良債権処理の必要性は痛感しており、対策を2つ講じてきています。たとえば、不良債権を証券化し、イタリア政府がシニア部分に保証をつけるといったスキームと、50億ユーロ規模の不良債権買取基金(Atlante)の設立があげられます。
しかし、これらの対策はイタリアの不良債権を処理するには不十分と見られています。たとえば、不良債権買取基金の規模はイタリアの不良債権規模(約3,600億ユーロ)に比べあまりに小さな規模に過ぎないからです。
さらに、イタリア政府が不良債権処理を進めにくい状況にあることも懸念されます。
リーマンショックの破綻処理で税金が使われたことへの反省から、世界的に国(政府)が銀行を支援することを抑え、株主や債権者が損失を負担するルールが採用されています。欧州連合(EU)加盟国であるイタリアは、銀行の資本や不良債権についてEUの国家援助規則(state aid rule)や銀行再建破綻処理指令(BRRD)に従う必要がありますが、これらのルールは国が民間の銀行を支援する自由を抑制しています。
たとえば、国が銀行を支援するには、まず銀行の株主と(劣後)債権者に不良債権処理に伴う損失を負担させる必要があります。そのため、レンツィ首相は英国国民投票の混乱後に、EUルールの適用免除によりイタリア政府による支援(恐らく、損失負担なしの銀行への資金注入など)の可能性を模索しました。
現在のような状況なのだからイタリアの動きを支持、EUは厳格なルール適用を緩和すべきとの声も市場で聞かれますが、EU当局が特例を認める可能性は高くないかもしれません。
反対に、EUルールに従い、債権者に損失を負わせるという手段を選択することは政治的に困難です。イタリアでは銀行の劣後債を個人投資家が恐らくリスクを理解せず年金代わりに購入した可能性が高いからです。
過去イタリアでは小規模な銀行の不良債権処理を行った際、負担を迫られた個人投資家が自殺するという事件が起き、政治問題に発展しました。その上、イタリアでは10月に憲法改正(下院に法案の優先通過権を持たせる)の国民投票が予定されています。
レンツィ首相は国民投票結果に自らの進退をかけているため、政治的なリスクは取りにくい状況です。英国だけでなく、イタリアの国民投票も市場で注目される可能性があります。
最後に、今後の注目点として欧州銀行監督機構(EBA)のストレステスト(7月末に結果公表する予定)をあげておきます。銀行の健全性を審査するストレステストの結果によってはイタリアの銀行の資本不足の状況などに注目が集まる展開も想定されるからです。
もっとも、ストレステストの結果が悪ければ、イタリア政府は銀行支援への口実となるというシナリオも考えられます。当面はストレステストの結果に注目しています。