マイクロLEDは有望な「有機EL対抗技術」
一方、有機ELの対抗技術であるマイクロLEDは、輝度や寿命に優れていることが特徴だ。量産展開にはまだ時間を要するかもしれないが、LEDは自発光デバイスであるため視認性が高く、直射日光下のような明るい場所でも高い視認性が得られると期待されている。寿命に関しては、特に青色発光材料のライフタイムが懸念される有機ELに対し、LEDにはこうした心配がない。なかでもモノリシック型は、画素となるLED素子を半導体製造プロセスで作り込むため、微細化によって高解像度化を実現しやすいとも考えられ、有機ELの有力な対抗馬になると期待されている。
こうした将来性の高さから、世界中で新規参入が相次いでいる。バックプレーンにシリコンを用いるケースやLTPSを用いるケースなど、まだ様々な技術的選択肢があるが、主に欧米のベンチャー企業、台湾の新興メーカーが実用化に取り組んでおり、日本でもシャープ、京セラ、ジャパンディスプレイといったFPD技術に造詣が深い企業が開発しているほか、ナイトライド・セミコンダクターや日亜化学といったLEDメーカーがチップ技術を提供している。
実用化に近づく英国ベンチャー
なかでも、事業化に最も近い位置にいると目されるのが、モノリシック型マイクロLEDのベンチャー企業、英Plessey Semiconductorsだ。先ごろ、SNS大手の米Facebookとの協業を発表。「新しい商業契約に基づき、当社のLED製造事業はFacebookのプロトタイプ支援およびAR/VRに使用する新技術開発に専念する」と述べ、Facebookが開発中といわれているARスマートグラスにマイクロLEDディスプレーを独占供給するとみられる。
Plesseyは、もともとGaN on Silicon技術をベースにした LEDチップメーカーとして設立され、当初は照明用にLEDチップやLEDパッケージ技術を開発していた。だが、18年にマイクロLEDの開発に大きく舵を切り、18年8月にはスマートグラスを開発している米Vuzixと提携、19年5月にはディスプレーの長期供給契約も結んだ。この間に、シリコンバックプレーン技術を持つ企業との提携、英プリマス工場におけるマイクロLED量産体制の構築などを進め、19年9月にはGaN on SiliconマイクロLEDディスプレー開発キットの提供を20年から開始するとアナウンスし、20年までにフルカラーのモノリシック型マイクロLEDディスプレーを実現するという目標を示した。
一方のFacebookは、14年にHMDを開発・販売している米Oculus VRを20億ドルで買収。16年にはアイルランドのマイクロLEDディスプレーベンチャーInfiniLEDを買収したことも明らかにしており、早くからマイクロLED技術に関心を示していた。
「微細化すると効率低下」が課題
量産化が間近に迫っているかに見えるマイクロLED(特に小型のモノリシック型)だが、量産化できれば有機ELをすぐに代替できるかといえば、そう簡単でもなさそうだ。有機ELを代替するには、コスト、輝度、色再現性といった複数の項目で有機ELを凌駕する必要があるが、現在のマイクロLEDには「この部分では有機ELをすでに大きく凌駕している」というポイントが見当たらず、期待感だけが先行している状況といえる。例えば、製造コストが有機ELと同等あるいはそれ以下になるかは未知数だ。
マイクロLEDが克服すべき課題として、LED発光素子のサイズを小さくすればするほど発光効率が低下してしまう、という課題がある。調査会社Yole Developpmentによると、LEDの外部量子効率(EQE)は、素子のサイズが100μm角の場合、波長467nmの青色は75%、532nmの緑色は40%、630nmの赤色は45%で、これらの数値は有機ELよりもはるかに高い。だが、素子のサイズを5μm角にまで小さくする(高精細化するため画素を小さくする)と、EQEは青色が25%、緑色が15%、赤色はわずか7%まで落ちてしまい、緑と赤は有機ELを下回ってしまう。これでは、高輝度化はおろか、消費電力性能でも有機ELに劣ることになりそうで、マイクロLEDに置き換える意味がない。
これを解決するための取り組みとして、MOCVD装置を用いて行うLEDエピタキシャル成長工程をさらに高品質化・均一化して、LEDチップのウエハー面内における波長や輝度のばらつきをできるだけ小さくする開発などが進んでいる。
高解像度化と輝度のバランスが需要開拓のカギ
19年に0.38インチで1053ppiのモノリシック型フルカラーマイクロLEDディスプレー「Silicon Display」を発表したシャープは、165mA駆動時に輝度1000cd/㎡、色空間の標準規格であるsRGB比で120%を達成した。片面電極構造の青色LEDをサファイアウエハー上に作り込み、フルカラー化するため、青色を赤色と緑色に変換する量子ドット蛍光体層をフォトリソプロセスでウエハー上に形成した。
この開発に関する電子デバイス産業新聞の取材に対し、「量産化に向けては、量子ドット層を含めてさらなる微細化が必要になるが、最も重要な点は、屋外でも高い視認性を実現できる高輝度化だと考えている。先行技術であるマイクロ有機ELディスプレーが商品化されているが、それを超える輝度を実現する必要がある。並行して、どのレベルの解像度であれば、実製品に搭載していただけるのかも探っていきたい」と述べており、やはり微細化(高解像度化)と輝度のバランスをいかに取っていくかが、まずは有機ELとの差別化や代替需要の開拓のカギを握ると考えられる。
FacebookやVuzixといったセットメーカーの姿勢を見る限り、マイクロLEDのポテンシャルは高い。同じく、テレビ用の大型ディスプレーでも、サムスン電子が年内に75インチの家庭用マイクロLEDテレビの発売を予定し、「ポスト有機EL」として期待を集めてはいるが、販売価格では有機ELテレビより相当高価になると目されており、家庭用の普及価格帯に下がってくるまでには相当時間を要するとみられる。先を行くマイクロ有機ELメーカーの取り組みにどこまで迫ることができるのか、今後の技術開発競争はさらに激しさを増すはずだ。
電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏
まとめにかえて
新型コロナウイルスの感染拡大により、日本でも在宅勤務/リモートワークの導入が加速度的に進んでいます。現場作業が必要な職種では遠隔作業が行えるよう、今回取り上げたヘッドマウントディスプレーの需要が急増しています。もともとはLCOSなどのディスプレー技術が主力でしたが、近年は有機ELやマイクロLEDなど新技術が台頭してきており、成長市場を巡って群雄割拠の状態がしばらく続きそうです。
電子デバイス産業新聞