本記事の3つのポイント
- ディスプレー業界も新型コロナの影響を受けて厳しい状況に。さらに面積ベースでの成長も頭打ちに
- 液晶ディスプレーに不可欠なTACフィルムを展開する富士フイルムとコニカミノルタは、非TAC化の流れを受けて、新たな分野にリソースをシフトさせつつある
- 両社は位相差フィルムでの事業拡大に力を入れるほか、コニカミノルタはCOPフィルムなどもラインアップ
調査会社Informa(旧IHS Markit)によると、新型コロナウイルスによる中国での旧正月の延長や工場封鎖対応により、ディスプレー工場のみならず、それに付随するコンポーネント、素材、給水、給電、バックエンドモジュールといったサプライチェーンや設備協力会社も影響を受け、中国国内のパネル工場すべてに影響が及ぶという。
同国の2月のパネル工場稼働率は平常時に比べて10~15%低下し、工場によっては20%低下もあると予測。また、工場の作業員不足や部材不足により、液晶モジュールコンポーネントが最も不足し、さらに、人員不足による新規パネル工場の立ち上げの遅延も発生すると見ている。
大型パネル(テレビ)市場は、中国の10.5世代(10.5G)の稼働による生産過剰で、19年夏ごろから調整が入ったものの、年末~年明けには需給が締まり、緩やかな右肩上がりのカーブを描き始めていた。19年度の低迷期を抜け、20年度からは微小ながら台数ベースでの成長も見込まれていたが、新型コロナウイルスで水を差されたかたちとなった。
大型面積成長頭打ちで部材メーカーの淘汰始まる
大型パネルは、10.5G工場の新設・稼働開始により、面積ベースでの成長を促進し、19年の平均インチサイズは45インチ程度になった。10.5Gすべてが稼働する22~23年ごろまでは拡大する見通しだが、以降は面積成長も鈍化すると見られており、平均サイズの拡大も50インチ程度が上限と言われている。そして、面積ベースの成長は部材や材料の採用にダイレクトに響くことから、これが鈍化する2~3年後には、材料メーカー内での淘汰が始まるとも囁かれている。
部材、材料メーカーは日本企業が強く、得意分野でもあるため、あまり好ましい状況ではないが、日本の各メーカーは世界でもトップを張る強豪だ。なおかつ、何年も前からすでに様々な手段を講じ、その技術力を縦横無尽に拡張している。以下では、大型液晶ディスプレーの偏光板向けにTACフィルムを供給する2大メーカーの富士フイルム㈱、コニカミノルタ㈱それぞれのFPD(フラットパネルディスプレー)フィルム戦略について詳述する。
偏光板に不可欠なフィルムは日本の十八番
まず、液晶パネルでは、ある一定方向に振動する光以外を遮断して、透過する光の方向を調整する機能を持つ偏光板が必須だ。偏光板は、ポバールフィルム(偏光子)を芯として、それをTAC(トリアセチルロース)フィルムで挟むサンドイッチ構造が一般的。TACには、保護の役割をする保護フィルムと、視野角補償の機能を持つ位相差フィルムがある。
保護フィルムについては、水分を吸収してたわんだり、寸法が変化することがない素材が求められるようになったことで、非TACフィルムへの置き換えが進められている。これは、パネルが半完成品状態のオープンセルで運搬されるようになったり、貼り合わせ材が変化したり、大型化や狭ベゼル化の進展が要因となっている。偏光板メーカーが自らアクリル(PMMA)フィルムを使用したり、東洋紡㈱が供給する超複屈折PETフィルムに置き換えが進んでいる。
ちなみに、偏光子の保護フィルムとしてPETフィルムを展開するのは、世界でも東洋紡のみだ。同社では、旺盛な需要に応えるため、10.5G工場対応の2500㎜の広幅フィルムラインを犬山工場(愛知県)に整備中で、4月から稼働を開始する予定だ。
PMMAは、偏光板メーカーの住友化学や日東電工、LG化学が採用している。PMMAは、住友化学では内製PMMA「WoLF(ウルフ)」を採用しており、日東電工は協力会社と協業して製造したPMMAを使用している。現状、偏光子保護フィルムの非TAC化は4割程度進んでおり、将来的には5割程度になると見られている。
一方、位相差フィルムはTACのほかCOPフィルムも使用されている。このCOPフィルムを供給するのが、日本ゼオン㈱だ。大画面化と4K/8Kへの高精細化が需要拡大を後押ししている。COPは低吸湿で寸法安定性が高く、透明度にも優れるため、液晶でも有機ELでも大型になればなるほどシェアが高くなるという。今後の需要に対応するため、水島工場(岡山県)でCOP樹脂、敦賀製造所(福井県)でテレビ用光学フィルム、高岡製造所(富山県)で原反フィルムをそれぞれ増強中で、20年春~21年夏にかけて順次完工・稼働する予定だ。
従来TACフィルムを供給してきた富士フイルムとコニカミノルタは、TACフィルムの2大メーカーだ。非TAC素材による置き換えが進んでいるものの、両社はTACを改良して耐吸湿性の高いシリーズを提供しているほか、技術力と高機能性の要求が厳しい位相差フィルムへの注力シフトを図っており、長年培った技術を応用展開してそれぞれの戦略を進めている。
富士フイルムは有機ELスマホで真骨頂
富士フイルムのTACフィルムで有名なのが、WV(ワイドビュー)という視野角拡大フィルムだ。特にモニター向けではデファクトスタンダードになっている。位相差フィルムでは、強みを持つモニターや、IPSモード向けのゼロ位相差フィルムに注力する。保護フィルムについては、生産の効率化や最適化により利益体質を強化していく戦略だ。
同社のフィルム技術は、近年は中小型、特に有機ELのスマートフォンで発揮されている。長年培ってきたフィルムへの様々な機能を塗布する技術を用いて、液晶材をフィルム状にし、超極薄の光学補償フィルムを市場展開している。
「4分のλ(ラムダ)」と「2分のλ」の機能を持つこの極薄液晶フィルムは、有機ELスマホに採用されて高シェアを獲得している。従来の、延伸をかけて製造するタイプのフィルムは、薄さを10μm以下にすることが難しいが、同社の液晶フィルムは、基材とするフィルムに機能を付加するのではなく、機能がそのままフィルムの形状をとっているため、10μm以下をたやすく達成してしまうという。現在は、1枚で2つの機能を持つ製品を開発中だ。
また、量子ドット(QD)フィルムを新開発し、色域拡大フィルムとしてハイエンドモニターやゲーミング向けに展開している。このQDフィルムは、特殊な形状が特徴で、バリアフィルム上に構築したハニカム構造の隔壁の中にQDを塗布することで、どこでフィルムを切断しても、端面のQD機能の劣化を最小限に抑えられることが特徴だという。
興味深いのが、TACフィルムの他用途展開だ。同社では、TACフィルムを用いたビニールハウス栽培の実証実験を進めている。同フィルムの高い光の透過性能により、作物の収量を上げる効果があるという。20年度中にビニールハウスの素材として販売を開始する計画だ。このほか、コンビニなどの大型冷蔵庫のガラスに使用できるような、防曇フィルムとしての展開も進めている。
コニカミノルタは他素材もラインアップ
コニカミノルタでは、TACについては保護フィルムの量は追わず、位相差フィルムに注力していく。TACのほか、COPフィルムの「SANUQI(サヌキ)」やPMMAフィルムの「SAZUMA(サツマ)」もラインアップした。これで、COPは日本ゼオンの1社供給から、コニカミノルタとの2社供給になった。COPの2社供給は長年市場ニーズが高かったという。
同社では、COPフィルムのサヌキについては、大型から中小型向けまですべてに展開する戦略だ。大型では、VAモード向けに特化して拡販を進める。VAでは、IPSに比べて視野角が狭いため、コントラスト向上に割く機能を、視野角拡大に振り向けたいというニーズが常にある。サヌキは偏光子との屈折率が同程度のため、偏光板内での光散乱が小さく、これがコントラストの向上に寄与するとしてユーザーに高評価で、すでに採用が決定している。また、2500㎜の広幅への対応は、TACではなく、すべてサヌキを展開していく。このほか、有機ELディスプレー向けに4分のλ板の展開も計画している。
このほか、10μm以下の薄型化も可能なため、中小型偏光板向けで保護/位相差フィルムとして採用を進めている。薄くて屈曲性も高いという特徴から、フォルダブルディスプレーをターゲットとしているが、先行してタッチセンサーの基材フィルムとして採用されているという。
PMMAフィルムのサツマについては、大型のIPSモードのゼロ位相差フィルムとしても有効なため、ニーズ次第で展開していくが、中小型をターゲットに展開していく。
モバイル製品では、非常に薄いフィルムのニーズが高く、かつ、熱や様々な外部環境下でも変化しない位相差が求められており、これがサツマの特徴にマッチするという。従来、中小型向け位相差としては、厚さ20μmのTACが採用されていた。しかし、TACではこれ以上の薄型化が難しいため、サツマで10μm以下の極薄フィルムに対応していく。現在はこの10μmのフィルムで作った折り鶴を顧客に見せながら営業活動を進め、サンプル出荷に入っている。
これら新フィルムの生産ラインは、世界初のフレキシブル有機EL照明の生産拠点として2014年に整備された甲府工場(山梨県)に導入された。新しい製造方法を採用し、TACフィルムのように幅ごとにラインを新設する必要がなく、原反フィルムを作り込んだ後に、2500mmの広幅にすることも可能だという。
両社は長年、世界トップのTACフィルムメーカーの地位を堅持し続けている。しかし、そのポジションに甘んじることなく、次世代への布石を確実に打ってきた。たとえ数年後にFPD材料市場に淘汰の波が押し寄せようとも、開発や技術の深掘りを続け、市場展開の手を緩めずに変化をものにする企業は生き残っていくのだろう。
電子デバイス産業新聞 編集部 記者 澤登美英子
まとめにかえて
パネル向け材料は日系メーカーのシェアが高く、特に光学フィルムの分野は独壇場といえる状況です。薄型テレビ市場の低迷や有機ELのシフトに伴うフィルム使用枚数の減少など、逆風もありますが、記事にもあるとおり、長年培ってきた技術をベースを新分野・異分野に挑戦しています。
電子デバイス産業新聞