マイナス金利の影響で企業業績に負の影響が
2016年6月15日付け日本経済新聞は、「マイナス金利政策の影響で企業の年金費用が膨らんでいる」と報じています。
政府・日銀は低金利政策を進めることで、銀行には貸出増加を、企業には内部留保をため込まずに設備投資を増加してもらい、それによって経済の活性化を図ることを期待しています。しかし、ミクロレベルでは、むしろ企業業績を圧迫する要因となっていることが、この記事から読み取れます。
金利が低下するとなぜ年金費用が増加するのか
では、金利が低下するとなぜ年金費用が増加し、企業業績が圧迫されるのでしょうか?
このことを理解するためには、まず、企業年金には確定拠出型と確定給付型の2通りがあることを知っておく必要があります。
確定拠出型年金は、企業が将来の年金資産のために、従業員に対して毎年一定額(掛け金)を拠出してくれるものです(企業から見ると費用負担)。この制度の良いところは、自己責任で将来の年金資産を運用できることです。それに対して、マイナス面は、将来受け取る年金額が保証されないことです(運用リスクは従業員が負うことになります)。
一方、確定給付型年金は、将来の年金の給付額を企業が確定(保証)するものです。ただし、運用は安全重視で行われますので、受け取れる金額は自分でリスクを取って運用した場合よりも少なくなる可能性があります。
このように、企業年金には2つの制度がありますが、企業業績が金利低下の影響を受けるのは後者の確定給付型の場合です。そこで本題の、”なぜ、金利が低下すると年金費用が増加するのか”を考えてみます。
確定給付型年金制度を導入している企業の場合、将来支払うべき年金費用は、「退職給付引当金」あるいは「退職給付に係る負債」としてバランスシートの負債項目に計上されます。これらの財務項目は、現時点で必要な金額である「退職給付債務」から年金資産額を差し引いて計算されます。この退職給付債務は、将来の債務を現在価値に割り引いて計上されますが、この計算に用いられる割引率は、従業員の退職までの平均勤務年数に近い長期国債の直近の利回りが参考とされます。
割引率と現在価値の関係を簡単に理解するために、1年後の100円の現在価値について考えてみましょう。仮に割引率が10%であるとすると、現在価値は、100円÷1.1=91円となります。一方、割引率が0%であるとすると現在価値は100円÷1.0= 100円となります。このように10%の時よりも0%の時の方が、つまり割引率が低い(高い)方が現在価値は大きく(小さく)なるのです。
このことを頭に入れて退職給付債務の現在価値を考えると、割引率が下がると退職給付債務が増加することが理解できると思います。つまり、金利低下(=割引率の低下)は退職給付債務を増加させてしまうことになるのです。
こうした割引率の変動による現在価値の見込み額と実績との差のことを「数理計算上の差異」と呼びます。また、数理計算上の差異には、退職給付債務だけではなく、年金資産の期待収益率と実際の運用成果との差額も含まれます。
いずれも、日本の会計基準では損益計算書(PL)の費用項目として認識されることになり、これが増加することを「年金費用の増加」、あるいは、「年金積立不足の償却費用の増加」と呼んでいます。
ちなみに、年金資産の積立不足の償却方法は、米国会計基準や国際会計基準ではPLを通さずにバランスシートの資本の部(包括利益)で調整を行います。また、PLで償却する日本基準でも、一括で行う場合と、複数年にわけて償却する場合とがあります。とはいえ、いずれにせよ“積立不足”の増加は株主資本を圧迫するものであることを覚えておきましょう。
まとめ
会計の専門家ではない方には少し複雑だったかもしれませんが、金利低下(マイナス金利政策)が、経済を活性化させたい政府・日銀の期待とは裏腹に、企業業績にはマイナス面が小さくないことがご理解いただけたかと思います。
また、影響の現れ方についても、会計基準(日本基準かそれ以外か)や、企業が採用している年金制度(確定拠出型か確定給付型か)などによっても異なることもご理解いただけたかと思います。長期的に資産形成を目指す個人投資家の方は、こうした点も注意しながら企業を見て、銘柄選別を行うことをお勧めいたします。
LIMO編集部