就職活動や転職活動の際、「自分の強みや適性に合った仕事を選ぶべき」というアドバイスを受けた人は多いだろう。特に近ごろは、転職・複業(副業)・独立など、キャリアの選択肢は多様化する一方だ。「本当に自分に適した仕事は何だろう?」と悩み、自己分析や適性検査から仕事を選ぼうとしている方も多いのではないか。

 しかし、『科学的な適職 4021の研究データが導き出す、最高の職業の選び方』の著者であり、10万本の科学論文を読破してきたサイエンスライター・鈴木祐氏は、「強み・適性から仕事を選ぶのはおすすめしない」と言う。一体なぜなのか、鈴木氏に解説してもらった。

個人も企業も「適性」を重視する

 キャリア選びの世界では、「適性」というフレーズをよく耳にすると思います。この世のどこかには自分が生まれ持った能力にピッタリな仕事が存在しており、それさえ見つけてしまえば生き生きと働けるに違いない……。そんな考え方のことです。

 世間的にも「適性」を重視する企業は多く、知能・興味・性格・過去の職歴といったさまざまな要因をチェックした上で、才能のある人材を見極めようと努力を続けています。世にあふれる「職業適性検査」などを受けて、「あなたは人をサポートする仕事に向いています」や「リーダーシップを発揮できるタイプです」などと言われたことがある人も多いでしょう。

 それでは、私たちは本当に「ピッタリの仕事」を事前に見抜くことができるのでしょうか? この世の中には、自分の適性を存分に活かせるような仕事がどこかに隠れているのでしょうか?

インターンシップも前職の経験も判断には役立たない

 この問題について調べた研究の中でもっとも精度が高いのは、心理学者のフランク・シュミットとジョン・ハンターによる「メタ分析」です。メタ分析とは、「複数の研究論文の分析結果を統合した上でさらに分析すること」を言います。

 彼らは過去100年におよぶ職業選択のリサーチから、質が高い数百件を選び、すべてのデータをまとめて「仕事のパフォーマンスは事前に見抜くことができるのか?」という疑問に大きな結論を出しました。この規模のリサーチは他になく、現時点では決定版といっていい内容です。

 論文では「事前面接」や「IQテスト」といった適性検査をピックアップし、それぞれの相関係数(2つのデータの関係を表す指標。1に近いほど関係が強く、0.5以上の値を取れば「関係がある」と判断されることが多い)を求めました。ざっくり言えば、「私たちが就職した後にその企業で活躍できるか?」の判断に役立つテストは存在するのかどうかを調べたわけです。

 まずは全体的な結論を見てみましょう。それぞれの適性検査の信頼度を数字が高い順に並べると、次のようになります。

1位 ワークサンプルテスト(0.54)
2位 IQテスト(0.51)
 〃 構造的面接(0.51)
4位 ピアレーティング(0.49)
5位 職業知識テスト(0.48)
6位 インターンシップ(0.44)
7位 正直度テスト(0.41)
8位 普通の面接(0.38)
9位 前職の経歴(0.18)
10位 学歴(0.1)

 一部に耳慣れない言葉があるので説明しておきます。

ワークサンプルテスト:会社の職務に似たタスクを事前にこなしてもらい、その成績で評価する手法。
構造的面接:「あなたが大きな目標を達成したときのことを教えてください」のような、過去のパフォーマンスに関する質問を事前にいくつか用意しておき、すべての応募者に同じ問いかけを行う。
ピアレーティング:一定期間だけ実際に企業で働いた後、そのパフォーマンスを社員に判断させる。インターンシップの改良版。
正直度テスト:応募者がどれだけ正直に行動するかどうかを測る性格テスト。

数回の面接やテストでは結局わからない

 さて、以上の数値をふまえた上でわかるのは、「どの手法も就職後のパフォーマンスを測る役には立たない」という事実です。

 たとえば、もっとも精度が高いと評価された「ワークサンプルテスト」ですら候補者の能力の29%しか説明できず、残りは忍耐力や学習能力といった複数のスキルセットに大きく左右されます。テストの成績を信じて入社しても、まったく力を発揮できない可能性は十分にあるわけです。

 その他の手法についても何をか言わんやで、日本の企業でよく使われる「普通の面接」や「インターンシップ」「これまでの職業経験」などは、パフォーマンスの指標としてはほぼ使えません。これらの結果を鵜呑みにすると、大半の就職は失敗に終わるでしょう。

 これら既存の適性判断が役に立たないのは、私たちのパフォーマンスを左右する変数が多すぎるからです。現実の世界では、仕事に必要な能力は多岐にわたっており、少し考えただけでも、「抽象的な思考力」「創造力」「同僚とのコミュニケーション力」「ストレス耐性」「感情のコントロール力」など、さまざまなスキルセットが頭に浮かぶでしょう。そのすべてを数回の面接やテストで判断できるはずもありません。

 また、組織のカルチャーによって必要なスキルが異なるのも、事前にパフォーマンスを予測できない原因のひとつです。たとえ同じ食品メーカーだったとしても、ある会社では「組織の和」を重んじる風土を持ち、また別の会社では「斬新なアイデア」を求める文化を持つようなケースは普通にあるでしょう。

 さらに言えば、その力学は環境や時間の変化によっても簡単に移り変わり、リーダーが別の人間になったり部署を異動したりしただけでも、求められるスキルセットが違ってしまうことも珍しくありません。インターンシップや前職の経験でパフォーマンスが予測できないのも当然と言えます。

ストレングスファインダーで適職は見つかるか?

「ストレングスファインダー」にも触れておきましょう。これは米ギャラップ社が開発した「才能診断」ツールで、117の質問を通してあなたの「強み」を教えてくれるオンラインサービスです。この手法を解説した書籍『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう』は、日本でも大ベストセラーになりました。

「強み」の内容は「分析思考」や「学習欲」「戦略性」など全部で34種類。この中から上位5つの「強み」をうまく使うことで、仕事のパフォーマンスが上がり、離職率も低下すると考えられています。つまり、「強み」を活かせる職業こそが、あなたにとっての適職なのだ、という考え方です。

 テストの内容はギャラップ社が10万人を超えるビジネスマンに行ったインタビューをベースに組み立てられており、公式サイトに行けば、同社が手がけた膨大な量の実験データを読むことが可能です。そのサンプルサイズは非常に大きく、これだけ見れば、「ストレングスファインダー」は統計的にも実証された手法のように思えるでしょう。

 ですが、これらの実験が問題なのは、すべてはギャラップ社が独自に行ったものだという点です。いずれも正式な査読の手続きを経て世に出た内容ではないため「証拠」としては採用できません。その点で、「ストレングスファインダー」の立場はまだまだ弱いと言えます。

筆者の鈴木祐氏の著書(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

自分の「強み」で仕事を選んでも仕方ない理由

 さらに難しいのが、そもそも「強みを活かせば仕事がうまくいく」といった考え方に対して疑問符がついている点です。たとえば、ポジティブ心理学の生みの親であるマーチン・セリグマンは、7348人の男女を集めて、全員の「強み」と仕事の満足度を比べる調査を行いました。その結果わかったのは、次のようなポイントです。

(1)「強み」と仕事の満足度には有意な関係があるものの、その相関はとても小さい
(2) その組織の中に自分と同じ「強み」を持った同僚が少ない場合には、仕事の満足度が上がる

 2つめのポイントについては、説明が必要でしょう。たとえば、あなたが「分析力」の高い人物だったとしても、周囲の同僚も同じようにデータの扱いや合理的な思考に長けていた場合は、その「強み」の相対的な市場価値は下がります。逆に周囲が「分析力」のない同僚ばかりなら、あなたの市場価値は高まり、その組織内での満足度は上がるでしょう。つまり、「強み」を活かして幸せなビジネスライフを送れるかどうかは、周囲の人間との比較で決まるわけです。

 念のため強調しておきますが、この結果は、決して自分の「強み」を知る作業がムダだという意味ではありません。ポジティブ心理学の先行研究では、自分の強みを活かすように意識しながら毎日を送れば、日常の幸福感が少しずつ高まっていくことが繰り返し報告されているからです。

 この結果について、セリグマンは次のようにコメントしています。

「『強み』をもとに仕事を選ぶことは推奨しないが、いまあなたが働いている会社の中で仕事の満足度を高めるために使うのならば有用だろう」

 いったん特定の仕事が決まった場合は、「ストレングスファインダー」が役に立つ可能性も十分にあります。ただ、ここで問題にしている「『適職探し』に役立つかどうか?」というポイントにおいては、「強み」だけを頼りとするのは得策ではないようです。

 

■ 鈴木 祐(すずき・ゆう)
 新進気鋭のサイエンスライター。1976年生まれ、慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。近年はヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方などを伝える講演なども行っている。著書に『最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)、『ヤバい集中力』(SBクリエイティブ)他多数。

鈴木氏の著書:
科学的な適職 4021の研究データが導き出す、最高の職業の選び方

鈴木 祐