本記事の3つのポイント

  •  帝人はRFIDなどを活用して病院内の物流管理などに取り組む。トレーサビリティーの確立やコスト管理、安全性の向上といった効果の発揮を目指す
  •  医療現場は近年、少子高齢化の進展を背景にした患者数の増加と働き手不足が課題。導入されたシステムは、RFID内蔵カードとラベル、使用済みカード、ラベル回収用ボックス、リーダーライター、情報表示用端末と、これらの情報を集約して作業進捗などを一元管理
  •  医療現場では物品のサプライチェーンマネジメントが確立されていないため、メーカー、卸、病院がそれぞれ欠品を抑止するために余剰在庫を抱える。昨今の医療費増大には、これら余剰在庫の存在も要因として考えられる

 帝人は2019年10月、SPD(医療機関向け物流管理)サービスを行っている小西医療器と共同で開発したRFIDを用いたSPDシステムを、大阪市の中心繁華街である梅田エリアにほど近い北野病院に導入した。SPDへのRFIDの利用としては初めての事例になる。

 医療機関における人手不足や経営効率化といった課題に対して、RFIDの利用によって物流管理を改革し、トレーサビリティーの確立やコスト管理、安全性の向上といった効果の発揮を目指す。少子高齢化に伴う医療費の増大と働き手の不足という難題を抱える医療現場に対し、課題解決に寄与するソリューションとなるか、注目される取り組みだ。

医療現場を圧迫する院内物品管理

 医療現場は近年、少子高齢化の進展を背景にした患者数の増加と働き手不足に悩まされている。都市圏では20年代半ばから30年代にかけて、医療ニーズが高止まりすると予測される。

 一方、患者数の増大に伴って医療現場の負荷は過大となり、深刻な人手不足を招いている。もともと医療現場は、勤務の過酷さから好況期には求人を行っても人が集まらないディフェンシブな職場という側面があり、各業界で人手不足が顕在化している現在においてはその傾向に拍車がかかっている。現場への負担増大が離職の増加につながり、さらなる現場環境の悪化を招くという悪循環である。

 病院内で日々大量に消費されるガーゼやマスク、注射器などの物品管理は現場にとって頭の痛い問題の1つだ。これらの管理業務は手入力やバーコードによって行われているものの、人海戦術で何とかこなしているのが実情である。

 また、コスト管理やトレーサビリティーが不十分で、医療現場に求められている安全性の向上、管理強化にも課題がある。医療従事者も物品管理にリソースを割かれており、慢性的な人手不足のなかで管理業務のためにこれ以上人的工数をかけるのは現実的ではなく、医療コストの肥大の面からも望ましくない。

 物品の調達から運用、消費分析までを一元化するSPDの考え方は90年代に米国から日本に紹介されたとされるが、外部企業に委託する際にも院内作業は発生するうえ、上記の理由から十分な管理業務はできておらず、十分に効果を発揮しているとは言い難い。

 北野病院は1928年に開設された私立病院で、大阪府の地域医療支援病院、がん診療拠点病院、難病診療連携拠点病院などに認定されているほか、NPO法人イージェイネットから「働きやすい病院評価」に認定されている。昭和後期から院内保育所を設置したり、職員が子育てや介護でフルタイムで働くことが困難になった際に、正規職員の身分を保持したまま短時間勤務を可能とする制度が設けられているなど、働きやすい環境づくりに力を入れている。物品管理業務の改革も重要課題と認識しており、今回RFIDシステムの導入を決めたきっかけも、吉村長久院長がとある講演で帝人が開発するRFIDの話を聞いたことだったという。

システムのイメージ図

高精度RFIDとSPDノウハウを融合

 RFIDは、ID情報を埋め込んだタグと読み書き装置(リーダーライター)で無線通信により情報をやり取りするシステムで、従来のバーコードと比べると長距離から複数のタグを一度に読み取れるので非常に高効率である。物流や小売業界で導入が始まっており、大手衣料品チェーンのユニクロが商品管理に採用していることで知られる。

 帝人は独自の電波制御技術を持っており、強い電波を局在化することで通信が乱れず、正確な読み取りが可能なRFIDシステムを実現している。これまでに公共図書館や病院の医療機器管理、物流倉庫のパレット管理、半導体工場のウエハー管理など様々な分野で採用されている。ただ、消耗品の管理は初めての事例であり、帝人にとっても新たなチャレンジであるという。

 一方、小西医療器は医療機関向けの機器・消耗品販売や薬局運営、介護サービスなどを手がけるシップヘルスケアホールディングスのグループ会社。自社倉庫を利用して医療機関の物品管理の最適化に貢献できる院外SPDサービスを提供し、多数の実績とノウハウを持っている。北野病院も受託施設の1つであり、今回導入した新SPDシステムは小西医療器のノウハウと帝人のRFIDを融合したものといえる。

RFID内蔵カードで管理を高効率化

 では、北野病院が導入したシステムの概要を紹介しよう。今回導入されたシステムは、物品管理用のRFID内蔵カードとラベル、使用済みカード、ラベル回収用ボックス、リーダーライター、情報表示用端末と、これらの情報を集約して作業進捗などを一元管理できるITシステムで構成される。

 RFID内蔵カードはガーゼなどの消耗品に、ラベルは患者ごとの原価管理とトレースが必要な注射器などの物品に添付される。従来、これらの棚卸作業はそれぞれに印字されたバーコードを直接読み込む必要があり、非常に煩雑だった。しかし、RFIDでは片手で持てるリーダーライター端末を棚にかざすだけで完了でき、バーコードと比べて作業負荷を約60%軽減できる。

 RFID内蔵カードとラベルは、貼られた物品を使用した際に回収ボックスに投函する。ボックスは読み取り端末を兼ねており、投函しただけで情報をITシステムに送信できる。消耗品管理カードの場合、従来は物品倉庫に使用済みカードを持参し、情報を登録する必要があった。北野病院では地下の物品倉庫で情報を管理していたため、上層階からカードを持参する労力は大きく、現場の負担になっていた。また、注文した物品の納期などの状況確認がタブレットでできるため、従来の窓口への問い合わせが不要になり物品管理が効率化できる。

注射器に添付されたRFID内蔵カード(上)とラベル

 一方、注射器などに添付されたラベルは、患者ごとの使用実績や使用した物品の使用期限、ロットなどの情報を蓄積している。これらの情報をITシステムに上げることで、患者ごとの正確な原価管理、収支分析が行えるほか、各物品の正確なトレーサビリティーを実現できる。これらの情報入力は従来手作業で行っていたため、RFIDにより高効率かつ正確な管理が可能になる。現場負担の軽減だけでなく、病院経営の効率化にも貢献する。

 これらの情報を一元管理するITシステムは、カードやラベルの情報をリアルタイムで可視化できるだけでなく、小西医療器の物流倉庫とも連携して現場からのオーダーに対する作業進捗を管理できる。物流倉庫から病院内で使用されるまでの情報を一括で管理し、SPDスタッフ同士の連携にも活用できる。

RFIDで医療サプライチェーンマネジメントの確立へ

 今後、北野病院ではシステム導入後の現場運用への定着状況、安全性などを段階的に確認しながら規模を拡大し、5年以内をめどに院外倉庫と院内物流を併せた管理・作業工数を半減させる。帝人と小西医療器は、北野病院における業務改善効果を実証し、さらなる運用の最適化を検討しながら効果の最大化を目指していく。また、北野病院以外の医療機関での採用拡大に向けて連携する。小西医療器はすでにSPDを受託している医療機関に対し、新システムへの切り替え導入を進めていく計画だ。

 システムの導入発表会見において、吉村院長は「(RFIDの)病院経営への寄与に期待しており、その可能性を追求したい」と述べ、RFIDを活用した効率化に意欲を示した。また、帝人でRFID事業を担当するスマートセンシング事業推進班長の平野義明氏は「働き方改革は社会の急務であり、RFIDで人手不足に悩む医療現場のパフォーマンス向上、安全性確保に貢献したい」と述べた。小西医療器のメディカルソリューション事業部長の島田正司氏は、RFIDの活用による物品在庫の圧縮、さらには医療費削減への貢献に期待を示した。

 現状、医療現場では物品のサプライチェーンマネジメントが確立されていないため、メーカー、卸、病院がそれぞれ欠品を抑止するために余剰在庫を抱えている。昨今の医療費増大には、これら余剰在庫の存在も要因として考えられるという。

 将来的にRFIDを活用することでサプライチェーンマネジメントが確立できれば、多くの医療機関の持つ物品の状況をサプライチェーン企業に共有させ、需要予測を向上することができる。そうすれば効率的な生産、発注、物流業務が可能になり、それぞれの現場における非効率な業務、余剰在庫の削減が可能となる。

 これらは病院をはじめとした様々な現場における負担の軽減だけでなく、医療機関や企業の経営改善、さらには医療費の圧縮にも貢献する。今後予想されるさらなる医療費の肥大に対し、国民負担を軽減する有効なソリューションの1つとなるだろう。

電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村 剛

まとめにかえて

 RFIDは商業施設や物流施設を中心に広がっていますが、今回取り上げた病院などの医療現場でも有用性があるとみられています。欠品を防ぐためにメーカー、卸業者、病院でそれぞれ過剰在庫を抱えていることが、医療費増大の一因となっていることから、今後病院の中だけでなく、記事にもあるとおりサプライチェーン全体に適用が進めば、大きな効果を発揮することでしょう。

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