「年金生活になったら、夫婦で毎月どこかへ旅行したい」。そんな老後を思い描いている方は少なくないでしょう。ただ、その計画が何歳まで続けられるのかを、数字で確かめたことはあるでしょうか。
私が資産運用を見てきた経験からいえば、老後のお金の不安の多くは、「足りるか足りないか」を漠然と考えていることから生まれます。何歳まで、いくらなら使えるのか。そこまで落とし込めば、打つべき手も見えてきます。
ここでは、公的統計をもとに、元会社員の夫と専業主婦の妻の65歳の夫婦をモデルケースとして設定し、毎月の旅行を何歳まで続けられるのかを試算します。
※編集部:本記事のケースは、公的統計をもとに設定した試算例です。
元会社員と専業主婦の夫婦は年金をいくら受け取れるのか?標準的なケースで月約24万円
まずは、この夫婦が受け取れる年金からみていきましょう。
日本年金機構によると、令和8年度の年金額は、国民年金(基礎年金)が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%引き上げられました。そのうえで、標準的な夫婦2人分の年金額を次のように示しています(日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」2026年4月1日)。
- 【夫婦2人分の標準的な年金額】月23万7279円
- 【前提】夫が平均的な収入(賞与を含む月額換算45.5万円)で40年間就業し、妻がその期間ずっと専業主婦だった場合
この月約24万円が、今回のモデルケースの年金です。
ただし、これは税金や社会保険料を引く前の額面です。実際に口座に振り込まれるのは、ここから介護保険料や国民健康保険料などを差し引いた金額になります。老後の計画を立てるときは、額面と手取りの違いを意識しておきたいところです。
ゆとりある老後にはいくら必要なのか?月39.1万円で、年金との差は月約15万円
では、旅行を楽しむ老後には、いくら必要だと考えられているのでしょうか。生命保険文化センターの調査では、夫婦2人の老後生活費について次のような結果が出ています(生命保険文化センター「2025(令和7)年度 生活保障に関する調査」)。
- 【最低日常生活費】月額平均23.9万円
- 【ゆとりある老後生活費】月額平均39.1万円
- 【ゆとりのための上乗せ額】月額平均15.2万円
ゆとりのための上乗せ額の使い道で最も多いのは「旅行やレジャー」で59.5%です。老後の「ゆとり」とは、まず旅行のことだと考える人が多いといえそうです。
年金の月23万7279円は、最低日常生活費(23.9万円)とほぼ同じです。ゆとりある生活費との差は、月約15万円になります。
実際の家計でも、年金だけでは足りていません。総務省の家計調査によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、旅行を特別に増やさなくても毎月4万2434円の赤字です(総務省「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」)。毎月の旅行費は、この赤字に上乗せして貯蓄から出していくことになります。
貯蓄から取り崩すと毎月旅行は何歳まで続くのか?2000万円なら月5万円で約83歳、月10万円で約76歳
貯蓄から毎月の旅行費を取り崩していくと、何歳まで続けられるのでしょうか。旅行費は、夫婦で月に1回の国内旅行を想定した月5万円、少し贅沢な旅行の月10万円、ゆとりのための上乗せ額の平均に近い月15万円の3通りで試算します。
貯蓄2000万円の場合は次のとおりです。
- 【旅行費 月5万円】約18年で、約83歳まで
- 【旅行費 月10万円】約11.7年で、約76歳まで
- 【旅行費 月15万円】約8.7年で、約73歳まで
貯蓄1000万円の場合は次のとおりです。
- 【旅行費 月5万円】約9年で、約74歳まで
- 【旅行費 月10万円】約5.9年で、約70歳まで
- 【旅行費 月15万円】約4.3年で、約69歳まで
※65歳から、家計調査の毎月の赤字(4万2434円)に旅行費を足した金額を毎月取り崩したと仮定した試算。物価上昇、運用益、介護費などのまとまった出費は含みません。
「老後2000万円」を用意できても、毎月の旅行に10万円を使えば、貯蓄は76歳ごろに尽きる計算です。
もっとも、ここで大事なのは「旅行はあきらめるべき」ということではありません。月5万円に抑えれば、同じ2000万円でも約83歳まで続きます。旅行の「回数」よりも「1回あたりの予算」を決めることが、意外かもしれませんが、計画を長持ちさせる鍵になります。
年金を70歳まで繰り下げるとどうなるのか?月約34万円に増えるが、損益分岐は82歳前後
旅行を長く続けるための方法として、よく挙げられるのが「年金の繰下げ受給」です。
日本年金機構によると、繰下げ受給の増額率は1カ月あたり0.7%で、70歳まで繰り下げれば42.0%、75歳までなら84.0%増えます(日本年金機構「年金の繰下げ受給」)。夫婦ともに70歳まで繰り下げた場合、このモデルケースでは次のようになります。
- 【年金額】月23万7279円→約33万7000円
- 【損益分岐】約82歳(70歳から約11.9年)
※額面ベースの試算。税金や社会保険料は年金額に応じて増えるため、手取りで見ると損益分岐はこれより遅くなる場合があります。
82歳前後より長生きすれば、繰り下げた方が得になる計算です。
ただし、見落とせないのが、繰り下げている間の生活費です。65歳から70歳までの5年間は、年金を受け取れません。その分を貯蓄でまかなうと、年金に相当する月23万7279円と家計の赤字4万2434円を合わせて、毎月約28万円、5年間で約1680万円が必要になります。これには旅行費を含めなくてもです。これでは貯蓄の大半が消えてしまいます。
貯蓄2000万円の夫婦が、年金を繰り下げてその間を貯蓄だけで暮らすと、70歳の時点で残るのは約320万円です。繰下げは「長生きしたときに強い」一方で、待っている間の暮らしをどう支えるかとセットで考える必要があります。
なお、繰下げている間は、加給年金や振替加算を受け取れません(日本年金機構「年金の繰下げ受給」)。夫婦の年齢差によっては、この点も損得に影響します。
※編集部:繰下げの具体的な取り扱いは、年金事務所や日本年金機構にご確認ください。
70歳まで働くと毎月旅行はどれだけ長く続けられるのか?月10万円稼げば、月10万円の旅行を約80歳まで
もう一つの方法が、65歳以降もしばらく働くことです。年金は65歳から受け取りながら、70歳までの5年間、夫婦で月10万円の収入を得た場合を試算します。
貯蓄2000万円の場合は次のとおりです。
- 【旅行費 月5万円】約83歳→約88歳まで
- 【旅行費 月10万円】約76歳→約80歳まで
貯蓄1000万円の場合は次のとおりです。
- 【旅行費 月5万円】約74歳→約79歳まで
- 【旅行費 月10万円】約70歳→約74歳まで
※65~69歳の5年間に収入が月10万円あり、その分だけ取り崩しが減ると仮定した試算。稼いだ収入にかかる税金や社会保険料、物価上昇、運用益は資産には含めていません。
月10万円の収入は、旅行費そのものをまかなえる金額です。そのため、65~69歳の間は貯蓄をほとんど減らさずに旅行を楽しめます。たった5年、月10万円働くだけで、旅行を続けられる期間は約3~5年延びることになります。
繰下げと比べると、働くことの強みは「待ち時間」がないことです。年金は65歳から受け取り、貯蓄も減らさずに済みます。体力や健康に余裕があるうちは働きながら旅行を楽しむ、という選択肢は、数字のうえでも合理的といえるでしょう。
アナリストの検証:老後の旅行計画を左右するのは「貯蓄額」より「取り崩す速さ」
ここまでの試算を並べると、一つのことが見えてきます。同じ貯蓄2000万円でも、旅行費が月5万円か10万円かで、続けられるのは83歳までにも、76歳までにもなります。差は約7年です。
老後のお金の話は、どうしても「いくら貯めるか」に目が向きがちです。しかし、65歳の時点で貯蓄額はもう大きくは変えられません。変えられるのは、取り崩す速さと、取り崩しを始める時期です。
その観点で見ると、「年金の繰下げ」と「70歳まで働く」は、どちらも取り崩しの開始を遅らせる方法といえます。ただし、繰下げは待っている5年間に約1680万円を貯蓄から出す必要があり、損益分岐は82歳前後です。働くことと組み合わせて初めて生きる選択肢だといえるでしょう。
もう一つ、忘れてはいけないのが「旅行を楽しめる年齢」です。体力に余裕がある70代前半までに旅行費を厚めに使い、後半は抑える。そうした「使い方の緩急」をつけるだけでも、同じ貯蓄でより満足度の高い老後になるはずです。
私は、老後の旅行計画は「何歳まで、毎月いくら使うか」を先に決め、そこから働き方や年金の受け取り方を逆算するのがよいと考えています。
まとめ
元会社員と専業主婦の標準的な夫婦の年金は月約24万円で、ゆとりある老後生活費の月39.1万円には月約15万円足りません。貯蓄2000万円から毎月の旅行費を取り崩すと、月5万円なら約83歳、月10万円なら約76歳まで続けられる計算です。
旅行を長く楽しむには、1回あたりの予算を決めることに加え、取り崩しの開始を遅らせる工夫が有効です。70歳まで月10万円働けば続けられる期間は約3~5年延びます。年金の繰下げは待っている間の生活費とセットで考える必要があります。
※本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品や受給方法を勧めるものではありません。ケースは公的統計をもとに設定した試算例で、試算は一定の前提に基づく概算です。年金の受給額や繰下げの取り扱いは、日本年金機構や年金事務所の最新の情報でご確認ください。
参考資料
- 日本年金機構「令和8年4月分からの年金額等について」2026年4月1日(https://www.nenkin.go.jp/oshirase/taisetu/kojin/2026/202604/0401.html)
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」(https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/kuriage-kurisage/20140421-02.html)
- 生命保険文化センター「2025(令和7)年度 生活保障に関する調査」(https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/oldage/7.html)
- 総務省「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」(https://www.stat.go.jp/data/kakei/sokuhou/tsuki/pdf/fies_gaikyo2025.pdf)