4. 遺産分割に約3年かかっても、生活保護費の返還は親が亡くなった日までさかのぼった

遺産分割の話し合いが長引くと、相続人が実際にお金を受け取るのは何年も先になることがあります。そうした場合でも、返還の対象を親が亡くなった日から数えた事例があります。

4.1 遺産分割協議書で「成立日以後に効力」と決めても、資力の発生は死亡日とされた

平成29年の東京都行政不服審査会の答申では、被相続人が平成24年12月8日に亡くなり、遺産分割協議が成立したのは平成27年10月14日でした。相続人たちは協議書のなかで、分割の効果は協議の成立日以後に生じると合意していました。

相続人は、資力が生じたのは協議の成立日だと主張しました。しかし審査会は、問答集のとおり資力の発生時点は被相続人の死亡時とした福祉事務所の判断を認め、審査請求を棄却すべきだと答申しています。この事例で返還を求められたのは1485万1976円でした。

4.2 返還を求められる保護費は、さかのぼって5年分まで

同じ答申は、保護費の返還請求権は地方自治法にもとづき5年で時効により消滅するとしています。返還額は、納入の通知が届く日からさかのぼって5年の間に支給した保護費を対象に計算します。

5. 生活保護法第63条の返還は原則全額、自立更生にあてる額は差し引けることがある

費用返還の額は、厚生労働省の課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」(平成24年7月23日)に取扱いが示されています。

5.1 全額を返すと世帯の自立が著しく阻害される場合に「自立更生免除」がある

通知は、法第63条にもとづく費用返還は原則として全額を返還対象とするとしています。そのうえで、全額を返還対象とすると世帯の自立が著しく阻害されると認められる場合は、決められた範囲の額を返還額から差し引いてよいとしています。

差し引ける額の例として、世帯の自立更生のためのやむを得ない用途にあてられたもので、地域住民との均衡を考え、社会通念上認められる程度として福祉事務所が認めた額が挙げられています。

5.2 遺産で保護から抜ける場合も、今後の生活費全般は自立更生に当たらない

遺産を受け取ったことをきっかけに保護から抜ける場合は、今後の生活設計から見て自立更生に本当に必要と福祉事務所が認めた額を差し引けます。ただし通知は、返還を求めずに今後の生活費用全般にあてることを自立更生とする取扱いは認められないとしています。

冒頭の7728円の事例では、福祉事務所の担当職員が本人に自立更生免除を使わない意向を複数回確かめていました。差し引いてほしい使い道があるときは、返還額が決まる前に福祉事務所へ伝えることが前提になります。

6. 親が亡くなったら、相続人に生活保護の受給者がいることを家族で共有する

生活保護法第61条は、受給者に収入や生計の状況が変わったときの届出を義務づけています。遺産の相続は、この届出の対象になる変動です。

金融機関の相続手続きでも「亡くなった日」や「相続人」は確認されますが、窓口で相続人が生活保護を受給しているかどうかまで確認されることはありません。 金融機関から福祉事務所へ情報が共有されるわけでもないため、「金融機関の手続きが済んだから大丈夫」と放置せず、受給者本人や家族から自主的に届け出る必要があります。

受給中の相続人がいる場合は、次の点を早めに整理しておくと、福祉事務所への説明や手続きがスムーズになります。

  • 親が亡くなった日と、相続人の顔ぶれ
  • 親名義の預金口座や不動産など、遺産の範囲と見込み額
  • 遺産分割の話し合いの進み具合と、受け取る時期の見通し
  • 自立更生にあてたい使い道があれば、その内容と見積もり

相続人どうしの話し合いが長引いても、資力の発生は亡くなった日から数えられます。受け取ってから慌てないよう、ほかの相続人にも受給中であることを伝えておくと安心です。

7. まとめ

被保護者調査(令和8年7月分概数)によると、生活保護を受けている世帯は164万4102世帯で、保護停止中を除いた世帯の51.6%が単身の高齢者世帯でした。

生活保護の受給中に遺産を相続すると、生活保護法第63条にもとづき、親が亡くなった日以後に支給された保護費が、相続した額を上限に返還の対象になります。遺産分割に時間がかかっても、資力の発生は死亡日とされた答申があります。

返還は原則として全額ですが、世帯の自立更生にあてる額を差し引ける場合もあります。親が亡くなったときは、住んでいる地域の福祉事務所に早めに相談してみてはいかがでしょうか。

参考資料

和田 直子