全国一律の最低賃金を求める声が地方にあるようだが、これは地方を滅ぼす愚策だ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。
弱者保護が弱者を苦しめる可能性に要注意
弱者を見ると、助けてあげたい、と考えるのは自然なことです。しかし、それが仇になるかもしれないので、注意が必要です。
「女性は弱いから保護が必要だ。女性の深夜労働は禁止する」という法律ができたら、企業は男性ばかり雇って、働きたい女性が失業してしまうかもしれません。
「貧しい人でも住めるように、狭い貸家の家賃は安くしろ」という法律ができたら、皆が広い貸家を建てるようになり、貧しい人は本当に住む所がなくなってしまうかもしれません。
「経済のことは神の見えざる手に任せて、政府は手出し口出しするな」というのがアダム・スミス以来の経済学の基本的な考え方ですが、それが弱者保護にも該当しているわけですね。
同様に、最低賃金の引き上げについても、一般論としては弱者を困らせることになりかねませんから、慎重な検討が必要です。
最低賃金は、均衡賃金と等しくあるべき
筆者は、労働力不足の今は最低賃金を引き上げるべきだ、と考えています。神の見えざる手を否定しているようですが、そうではありません。神の見えざる手が働けば実現するはずの均衡賃金が諸事情によって実現していないから、政府がこれを実現させるべきだ、と主張しているわけです。
労働力不足ということは、世の中の賃金が均衡賃金よりも低いので、これを均衡賃金にまで引き上げることによって労働力不足を解消しよう、と考えているのです。詳しくは、拙稿『最低賃金の引き上げで「情報弱者」を救おう』をご参照下さい。
したがって、いつでもどこでも最低賃金は高いほど良い、と考えているわけではありません。最低賃金が均衡賃金を上回ってしまうと、失業が発生してしまうからです。
大都市と地方では均衡賃金が異なる
大都市の小売店と地方の小売店では、来店客数が違うでしょうから、労働者が忙しく働ける大都市と客待ち時間が長い地方では小売店の効率は違うはずです。大都市の人口密度の高い所では宅配便の配達が効率的に行えるでしょうが、地方では次の配達先まで遠いので、効率的な配達が難しいのです。
大都市では労働者を効率的に使うことができるので、高い賃金を払って労働者を雇っても採算がとれます。一方で、大都市は、家賃等の生活費が高いので、高い賃金を払わないと労働者が集まりません。したがって、均衡賃金は高くなります。
地方では労働力を効率的に使うのが難しいので、高い賃金で労働力を雇う企業がありません。一方で、地方では生活費が安いですし、親元を離れたくないといった労働者も多いので、低い賃金でも労働者が集まります。したがって、均衡賃金は安くなります。
このように、大都市と地方では均衡賃金が異なるのですから、最低賃金もこれに合わせて異なるレベルに設定する必要があるわけです。したがって筆者は、全国一律の最低賃金には反対です。