全国一律の最低賃金が採用されたとします。地方の最低賃金は上がり、均衡賃金を上回るでしょうから、企業は経済活動を縮小するでしょう。小売店は、高い賃金で労働者を雇っても客数が少なくて採算が取れないので、規模を縮小または閉店するでしょう。

そうなると、地方の労働者は失業してしまうので、大都市に働きに出ることになります。一時的な不況による失業であれば、景気の回復を待つことも可能ですが、最低賃金が上がったことに伴う失業は改善の見込みがありませんから、諦めて大都市へ行くしか仕方ないわけです。

それだけではありません。小売店が縮小または閉店すると、地方の生活者が不便になります。こうして、生活者も大都市に移住するインセンティブを持つようになるわけです。

こうして地方の人口が減ると、ますます地方の小売店は売り上げが減り、高い最低賃金に耐えられなくなり、閉店する所が増え、地方は加速度的に衰退していくでしょう。それでなくても人口減少社会で高齢化の進んだ地方は衰退の危機なのに、全国一律の最低賃金がそれを加速してしまうわけですね。

一方で、大都市では最低賃金が下がるでしょうから、求人が増えます。そこへ地方から大量の失業者が流れ込んで来るので、大都市の人口は一気に増えるでしょう。過密と過疎、東京一極集中といった問題が一気に深刻化するわけです。

一物一価は机上の空論

経済学には一物一価という言葉があります。全国どこでも物の値段は同じになるはずだ、というのです。それによれば、全国一律の最低賃金は合理的ですね。全国どこでも生活費が同じであれば、均衡賃金も同じになるでしょうから。

しかし、一物一価が机上の空論であることは、子供でもわかります。漁村と大都市で魚の値段は違いますし、大都市と地方では家賃が違いますから。そうした現実を見つめないと、誤った前提に立った議論が誤った結論を導いて地方を消滅させてしまいかねないわけです。

地方から全国一律の最低賃金を求める声が上がる不思議

全国一律の最低賃金を求める声は、地方からも上がっているようです。「大都市の方が最低賃金が高いのは不公平だ。俺たちの最低賃金も大都市並みに上げろ」ということでしょうか。

しかし、冒頭に記したように、弱者を保護するための法律が弱者を困らせることは珍しくありません。地方の最低賃金を引き上げる行為も、それと同じことになるわけです。気をつけたいものです。

本稿は、以上です。なお、本稿は筆者の個人的な見解であり、筆者の属する組織その他の見解ではありません。また、厳密さより理解の容易さを優先しているため、細部が事実と異なる場合があります。ご了承ください。

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塚崎 公義