一方、筆者の夫は42歳。1971年から1974年までに生まれた世代である「団塊ジュニア」より数年後に生まれていますが、バブル崩壊後から2004年頃までに高校や大学を卒業した人たちを指す「就職氷河期世代」のど真ん中です。大卒でも2人に1人しか就職できないと言われた世代でしたが、夫は奇跡的に新卒で無事に就職。
そして現在に至るまで、いくつかの異なる職種を渡りながら数回の転職をし、それなりにスキルアップやキャリアアップをしてきました。中高と体育会系だったために昭和生まれ特有の“根性”がある方なので、会社の理不尽さや残業などにも屈せずに仕事をバリバリこなしてきたそう。幼少期から見てきた義父の残像も、夫の仕事観に大きく影響しているでしょう。
しかし今、夫にとっては義父のやってきた生き方が全く参考にならない局面を迎えています。管理職となった夫は、自分よりも年上の上司からは「会社へ忠誠心を」「プライベートよりも仕事が大事!」と言われ、自分よりも年下の部下からは「それ、ハラスメントです」「仕事より休みが大事です」と言われる。
さらに家に帰れば妻である筆者から求められるのは、「うちは共働きなのだから、あなたも家事育児を手伝ってよね?」という、自身の父親が全くやってこなかった“お手本のない”家庭への関り。関りどころか、筆者は時として自分と同等以上の家事育児を求めてしまうこともあります。
これまで親や社会から散々押し付けられて染み付いてきた「こうあるべき」という考え方や生き方とは、正反対の男性像や常識を突きつけられているのです。
かつて植え付けられた価値観が“呪い”のようにアラフォー男性を苦しめる
筆者がこんなにも夫に同情的になるのは、先日家事育児分担を巡って夫婦げんかをしたから。筆者が「もう少し家事育児を当事者意識でやってほしい。仕事だけしていればいいっていう感覚になってない?」と言うと、夫は怒るでもなく懇願するように静かにこう言いました。
「“男も家事育児できないといけない”ってわかってるけど、一番身近な父親がそうじゃなかったから難しい部分もあることを理解してほしい。少しずつかもしれないけど、頑張って変わるから」。
こう言われた時、夫の生まれ育った環境や時代を考えると、家のことを顧みなかった義父には「家族を養うため」という大義名分があったものの、今では呪いのように夫を苦しめる存在になってしまっているのだと筆者は悟りました。
義父はほとんど家にいることがなかったからか、義母とは違って今でも夫とは距離があるように筆者の目には映っています。あの時代のサラリーマンとしては当然のように毎日身を粉にして家庭を置いてきぼりにして働いた義父と、そんな義父の背中を見て育った夫。誰も悪くはないはずなのに、父子の距離感や筆者との夫婦関係においても微妙な不協和音を生じさせていることも事実。
時代に振り回され、時代の間に挟まれ、世代間ギャップの弊害をダイレクトに受け苦悩を感じている夫のようなアラフォー男性はとても多いように感じます。彼らが生まれ育った環境や彼らの父親の姿などを考察してみると、夫婦の家事育児分担だけでなく、中高年のひきこもりや昨今世間を震撼させる事件を起こす犯人の動機を紐解き、問題を解決するための何かしらのヒントにもなるのではないでしょうか。
富士 みやこ