本記事の3つのポイント

  • 「空飛ぶクルマ」の実用化のため、次世代蓄電池の開発が活発化している。既存のリチウムイオン電池(LiB)ではエネルギー密度が低いため、長い航続距離が得られない
  • 空飛ぶクルマの蓄電池として期待されているのが、全固体電池とリチウム硫黄電池。国内外で開発競争が活発化
  • 実用化に向け、国内外の航空機大手やスタートアップが参入。世界市場は40年までに1兆5000億円規模に達すると予測されている

 蓄電池の2大用途は民生用機器と車載だが、新たな候補として期待されているのが「空飛ぶクルマ」だ。

 空飛ぶクルマと言えば、1960年代の映画『チキ・チキ・バン・バン』や『007は二度死ぬ』のワンシーンを想起するが、まだ荒唐無稽な感は否めない。ただし、ドローン物流が一部実用化するなか、ますます現実味が帯びてきているのも事実。世界的には2023年に実用化する見通しとなっており、経済産業省もこのタイミングに合わせて、研究開発プロジェクトや助成金などで積極的に支援している。

 一方、空飛ぶクルマ実用化のネックとなっているのが蓄電池だ。現状のリチウムイオン電池(LiB)ではエネルギー密度が低いため、長い航続距離が得られない。また、可燃性の電解質を使っていることから安全性が懸念されるほか、重量も足かせとなっている。

 そこでLiBよりエネルギー密度が高く、高い安全性、軽量化に優れた次世代蓄電池の搭載が期待されている。空飛ぶクルマに向けた次世代蓄電池の動向をまとめた。

「佐吉電池」に近づく

 トヨタグループ創始者の豊田佐吉氏が考えた「佐吉電池」。同氏は水力発電により電気を作り、その電気で電気自動車(EV)を動かすことを構想し、1925年に佐吉電池を実現する蓄電池の開発を公募した。懸賞金は100万円で、現在に換算すれば100億円規模になるという。

 佐吉電池は、電気自動車(EV)はもとより、飛行機、船舶などあらゆる乗り物に搭載できるという壮大なものだ。『トヨタ自動車75年史』には、1924年に米陸軍航空隊のダグラス機が成し遂げた世界一周飛行に同氏が刺激されたと書いてある。いずれにせよ、従来の石油エネルギーに過度に依存しない画期的な構想であることは間違いない。

 では、佐吉電池の目標性能はどのようなものか。トヨタによれば、エネルギー密度1万Wh/L前後、出力密度2000~8000W/Lだ。出力密度はともかく、エネルギー密度は途方もなく高い。現状、LiBが150~300Wh/L程度。また、次世代蓄電池の最有力候補である全固体電池で600~1200Wh/L、「究極の蓄電池」と呼ばれるリチウム空気電池で1000~2000Wh/Lだ。

 従って、佐吉電池は現状考えられている材料技術では到底実現できないものとなる。それでも近づいているのは事実で、将来的に実現できる可能性は否定できない。

全固体電池・リチウム硫黄電池を搭載

 空飛ぶクルマの蓄電池として期待されているのが、全固体電池とリチウム硫黄電池だ。全固体電池はLiBの電解液の部分を固体電解質に代替するもの。国内ではLiBの延長線上の技術という位置づけで、正極材および負極材は基本的に同じだ。

 具体的には、正極材にニッケル、コバルト、マンガンとリチウムの酸化物であるニッケル酸リチウム、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、さらにはこれら3つを組み合わせた3元系、そして負極材にグラファイトとなっている。固体電解質は硫化物系と酸化物系が候補として挙がっており、前者が先行して採用される見込みだ。

 一方、海外では材料をドラスティックに変更する傾向にある。例えば、Charge CCCV(C4V、米ニューヨーク州ビンガムトン)は正極材にマンガン化合物、負極材にシリコン・グラファイトを採用している。

 電解質は、現状の第1世代では電解液を使っているが、20年に導入する第2世代ではポリマー・セラミックによるハイブリッド固体電解質に変更する。エネルギー密度はLiB比2倍となっており、今後2年以内に2.5倍とする計画だ。用途としてはEVといった車載を想定しているが、空飛ぶクルマも展開していく考えだ。

 CEOのシャイレシュ・ウプレティ氏は「複数の企業と共同開発中だ。マンハッタン中心部からビンガムトンまで自動車で3時間以上かかるが、空飛ぶクルマは50分程度に短縮できる。5年以内に商業化にこぎつけたい」と語った。同社はビンガムトン近くの旧IBM工場用地に年産1.2GWhの工場を建設しており、年内に生産を開始する計画。

 また、BMWやフォードが出資するソリッド・パワー(米コロラド州ルイスビル)は、正極材に3元系(NMC622(ニッケル6割:マンガン2割:コバルト2割))、負極材にリチウム金属、固体電解質に硫化物系を採用している。現状、エネルギー密度はLiBとほぼ同等だが、20年に1.5倍、22~23年に3倍とする計画だ。

 同社は2019年8月、本社内にロール・ツー・ロールによるパイロットラインを完成させた。量産にも対応する生産能力10MWh規模とする計画で、最初の1MWhは20年から稼働させる予定だ。用途は車載がメーンだが、空飛ぶクルマも有力候補に入っている。

 リチウム硫黄電池は正極材に硫黄、負極材にリチウム金属などを採用する。電解質には電解液または固体電解質のいずれも適用できる。現状、エネルギー密度はLiBの2~3倍で、今後さらに高性能化する余地がある。一方、サイクル回数が300~500回程度と少ないのがネックで、LiBの1000回以上に及ばない。

 企業としてはOXIS Energy(英オックスフォードシャイア)が代表的。同社はセル工場をブラジルのミナスジェライス州ベロ・オリゾンテ、同材料工場を英ウェールズ州ポート・タルボットにそれぞれ建設中。セル工場のフェーズ1投資は22年までに完了する予定だ。

 生産能力はフェーズ1投資で年産200万セル、20年代中ごろに同500万セルとする。用途としてはドローン、無人飛行機、高高度疑似衛星(HAPS)などを挙げているが、飛ぶクルマも視野に入っている。

 こうした用途は高いエネルギー密度および安全性、軽量であることが求められており、リチウム硫黄電池は適していると言える。一方で、スマホなどとは異なり、サイクル回数が少ないことはネックにならない。

空飛ぶクルマ市場は2040年までに1.5兆円規模

 空飛ぶクルマは、プロペラを回転させて垂直離着陸する機体の総称。移動、災害時利用、物流、観光など様々な用途が期待される。

 企業としては国内外の航空機大手やスタートアップが参入。具体的には、日本のスカイドライブ、米国のウーバー・テクノロジーズおよびキティホーク、フランスのエアバス、ドイツのボロコプター、中国のイーハンなど。

 うち、スカイドライブは第三者割当増資や助成金で15億円を調達済みで、年内に有人飛行試験を実施する。また、23年から有人飛行機の販売、26年からはこの量産を開始する計画。ウーバーは23年にも数人乗りの有人飛行を実現する計画で、自動車と同様にライドシェアサービスを展開する見込み。米モルガン・スタンレーは、空飛ぶクルマ世界市場が40年までに1兆5000億円規模に達すると予測している。

電子デバイス産業新聞 編集部 記者 東哲也

まとめにかえて

 既存のリチウムイオン電池に代わる次世代蓄電池の開発が非常に活発化しています。電動自動車はもちろん、今回取り上げた「空飛ぶクルマ」も有力なアプリケーションの1つです。最近では全固体電池が日本国内の企業が続々と製品化しており、量産開始に向けて準備を進めています。一方、海外ではリチウム硫黄電池などが注目を集めており、次世代蓄電池を巡る主導権争いも激しさを増している印象です。

電子デバイス産業新聞