4. 価格転嫁を阻む「需要減とコスト増」の板挟み
需要が減っているだけでなく、コスト構造の変化も国内事業を圧迫しています。
鉄を作るための主原料である鉄鉱石や石炭は、その大半を海外からの輸入に頼っており、ドル建てで取引されます。輸入物価が上昇すれば、当然ながら製造コストは跳ね上がります。
通常であれば、コストの上昇分は製品価格に転嫁して利益率(マージン)を維持しようとします。しかし、現在の日本の環境ではそれが非常に困難であると泉田氏は指摘します。
「需要が強かったら価格転嫁できるんだよ。マージンも昔に戻せるんで。だけど今みたいに土木も製造も自動車もどんどん需要減ってますよって中で、輸入資材が上がったからと言って強気で価格転嫁できますかって話じゃない」
実際に資料を見ると、国内のホットコイル(熱延鋼板)の市況やマージンは、下落したあとに下げ止まってはいるものの、元の水準には戻っていません。
この構造は、為替の影響にも如実に表れています。日本製鉄の「本体国内製鉄事業」においては、原料の輸入超過となっているため、円安は業績に対してマイナスに働きます。一方で、連結全体で見ると、海外事業や原料事業の利益が円換算で膨らむことなどから、円安はプラスの影響をもたらします。ここでも、国内事業の厳しさと海外事業の強さが対照的に表れています。
5. 買収は現状機能しているが、残るリスクとは
国内市場が縮小する中で投じたUSスチールの買収は、今のところ大きな成果を上げています。
USスチールの2026年度の利益見通しは、前年度のマイナス56億円から1,800億円以上へと急拡大しています。会社が示す増減の内訳を見ると、米国の鋼材市況の上昇は+1,200億円と大きい一方、インフレの影響で△1,100億円が打ち消されており、外部環境による押し上げは差し引き+100億円にとどまります。前年度からの伸びをより大きく支えているのは、コスト改善や既存投資の効果を含む収益改善の+1,100億円です。そのうえで、今回の上方修正分(+800億円)については、その大半にあたる+600億円が米国鋼材市況の一段の上昇によるものとされています。
この市況の強さの背景には、米国内の建設や自動車生産といった実体経済の底堅さがあると考えられます。泉田氏も、経済activityが堅調であれば鉄の需要も付いてくるという見方を示しています。
U. S. Steel 2026年度実力利益見通し 前回公表時からの変動(2026年度1Q決算 説明会資料 p.7)4/4
出所:日本製鉄株式会社「2026年度1Q決算 説明会」(2026年8月4日)p.7
米国の粗鋼生産量は年換算ベースで上昇基調をたどっており、製鋼稼働率もおよそ8割まで上昇しています。会社が見通しに置く市況の前提も、買収を検討していた当時から2段階切り上げられており、それだけ強い需要環境が続いていると考えられます。なお、この前提はグラフ上の水準線として示されているだけで価格の数値は資料に記載がなく、稼働率もグラフの目盛りからの読み取りです。
泉田氏はこの状況を踏まえ、次のように評価します。
「USスチールを買収して正解だった。これはもう買収の前と後でも違ってきている、より成功だったというところは言えるかなと思っています」
ただし、この成功が未来永劫続くわけではありません。米国の景気も循環するものであり、いずれ悪化する局面が訪れます。その際、米国の需要が落ち込めば、日米双方の市場で厳しい環境に直面するリスクが残されています。
それでも、国内市場の構造的な縮小を前にしては、外へ打って出るしかなかったというのが実態と言えるでしょう。泉田氏は最後に、日本経済の現状に対する率直な見解を述べています。
「今のマクロ環境で鉄の需要が増えるっていう風には、簡単には思えないのがまた怖いよね」
6. まとめ:この会社を「国内の鉄鋼会社」として見ることの限界
この決算が示しているのは、日本製鉄をこれまでどおり「国内の鉄鋼会社」として捉えることが、もう実態に合わなくなっているということです。今年度の見通しでは、国内3,800億円に対して海外3,200億円、うちUSスチール単独で1,800億円以上を見込んでいます。国内の鋼材需要が2017年の63百万tから48.5百万tまで縮み、コスト上昇分の価格転嫁も効きにくい状況が変わらないのであれば、この比率はさらに海外へ傾いていくと考えられます。
したがって、この会社の事業構造を見るときに追うべきなのは、国内需要がいつ戻るかではなく、米国事業がどこまで稼ぎ続けられるかのほうだと言えます。
なお本記事では、買収に伴う財務負担や株価の動きには踏み込んでいません。国内の需要構造だけでは測れない部分が残る点にはご留意ください。
※本記事は決算資料と動画の内容にもとづく情報提供を目的としたもので、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
参考資料
- 日本製鉄株式会社「2027年3月期 第1四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年8月4日)
- 日本製鉄株式会社「2026年度1Q決算 説明会(改訂版)」(2026年8月4日)
- 日本製鉄株式会社「2026年度1Q決算 別冊(参考資料・データ集)(改訂版)」(2026年8月4日)
- YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
各資料の入手先: 日本製鉄株式会社 IRライブラリ
※リンクは記事作成時点のものです。