日本を代表する鉄鋼メーカー、日本製鉄。巨額を投じた米国USスチールの買収は、報道などを通じて「経営難に陥った米国の名門企業を、日本の優良企業が救済しに行った」というイメージで受け止められがちです。しかし、最新の決算資料を紐解くと、実は構造的な苦境に立たされているのは日本側であり、生き残りをかけた一手であったことが見えてきます。一体なぜ、国内トップの鉄鋼メーカーがリスクを負ってまで海外へ活路を求めなければならなかったのでしょうか。この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が事業構造と財務体質を分析し、業績好調の本当の理由を解説します。
1. 「V字回復」の裏にある事業再編の痛み
日本製鉄が発表した2027年3月期第1四半期の決算は、一見すると非常に力強い数字が並んでいます。売上収益は2兆8,211億円(前年同期比+40.4%)、本業の儲けを示す事業利益は1,455億円(同+58.1%)となりました。前年同期は赤字でしたが、親会社の所有者に帰属する四半期利益は752億円の黒字へと転換しています。
通期の見通しについても、売上収益が11兆2,000億円(前年度比+11.3%)、事業利益が6,300億円(同+22.5%)、当期利益が2,900億円と、増収増益を見込んでいます。
第1四半期の連結業績(売上収益・事業利益)の前年同期比較1/4
出所:日本製鉄株式会社「2027年3月期 第1四半期決算短信〔IFRS〕(連結)」(2026年8月4日)を基にイズミダイズム作成
ここで、前年同期はなぜ赤字だったのかという疑問が浮かびます。潤沢な資金があるからこそ買収に動けたはずなのに、1年前の同じ四半期が赤字だったというのは不思議に思えるかもしれません。
この理由について泉田氏は、前年同期の営業赤字(1,395億円)の主因は、本業の不振ではなく2,315億円に上る「事業再編損」(事業の売却や撤退に伴って一時的に発生する損失)であったと指摘します。決算資料によれば、これはAM/NS Calvert(アルセロール・ミッタルとの合弁事業)の持分譲渡に伴う事業撤退損失です。泉田氏はこの動きについて、USスチールを買収するにあたり、米国内の独占禁止法に抵触しないよう既存事業を整理したことによる損失であると説明します。ただし決算資料に書かれているのは持分譲渡による損失という事実までで、譲渡に至った理由の記載はありません。
つまり、見かけ上の鮮やかなV字回復は、前期に計上された一過性の損失がなくなったことと、USスチールが新たに連結対象に加わったことによる部分が大きいと考えられます。日本製鉄は、ある程度の血を流してでも買収の前提を整えるという、強い覚悟を持ってこの案件に臨んでいたことが分かります。
2. 利益の重心は国内から海外へ動いた
では、USスチールの買収は現在の業績にどのような影響を与えているのでしょうか。通期の「実力ベース連結事業利益」(会計上の変動要因を除いて本来の稼ぐ力を示すために、会社が独自に開示している指標)の見通しを分解すると、日本製鉄の稼ぎ頭がどこにあるのかが明確になります。
会社全体の実力ベース連結事業利益は、前年度実績の6,504億円から今年度見通しは7,000億円以上へと、+496億円の増益が予想されています。しかし、その内訳を見ると景色は一変します。
国内の事業利益は、前年度の5,276億円から今年度は3,800億円へと、約1,476億円の減少が見込まれています。一方で、海外の事業利益は1,228億円から3,200億円へと、約1,972億円の増加を見込んでいます。
この海外事業の躍進を支えているのが、他でもないUSスチールです。USスチールの利益は、前年度のマイナス56億円から、今年度は1,800億円以上へと大きく伸びる計画です(対前年度で+1,856億円。ただし前年度は9ヶ月、今年度は12ヶ月の連結となる月数の差を含みます)。
実力ベース連結事業利益の見通し(国内・海外)2/4
出所:日本製鉄株式会社「2026年度1Q決算 説明会」(2026年8月4日)p.4 を基にイズミダイズム作成
インタビュワーからは、USスチールを買っていなかったら国内はただ減っていただけという状況になり得たのか、という疑問も投げかけられています。国内事業の落ち込みを、買収した米国事業が補って余りある利益を生み出しているのが、現在の日本製鉄の収益構造です。
3. 構造的に縮み続ける国内需要の実態
なぜ、国内の鉄鋼事業はこれほどまでに苦戦しているのでしょうか。その背景には、日本のマクロ経済そのものが抱える構造的な問題があります。
決算資料に掲載されている国内鋼材需要の推移を見ると、厳しい現実が浮かび上がります。資料の掲載範囲で最大だった2017年の63百万tをピークに需要は減少傾向をたどり、2026年度(2027年3月期)の見通しでは48.5百万tまで落ち込んでいます。
国内鉄鋼事業環境(2026年度1Q決算 説明会資料 p.15)3/4
出所:日本製鉄株式会社「2026年度1Q決算 説明会」(2026年8月4日)p.15
注目すべきは、この48.5百万tという数字が、新型コロナウイルスの影響で経済活動が広く停止した2020年の53百万tすら下回っているという事実です。需要の内訳は「土木建築」「他製造業」「自動車」の3分野に分かれていますが、2025年度は他製造業17.2百万t、自動車16.0百万t、土木建築15.8百万tとほぼ同規模で、いずれも2018年度の水準を下回っています。自動車の完成車生産台数を見ても、2026年度の見通しは835万台にとどまっています。
泉田氏はこのデータに対し、「土木建築ってこの国経済そのもの」であると指摘します。自動車などは輸出に回る分もありますが、土木建築は国内の需要をダイレクトに反映するからです。
「実体経済でいわゆるハードウェアに関して行くと、作るものの数、数量はどんどん減ってる」
このように国内の地盤沈下が続く中で、経営陣はどのような選択を迫られたのでしょうか。泉田氏は、日本製鉄が海外での大型買収に踏み切った動機を次のように分析しています。
「この国でずっと座して死を待つよりも、外で勝負した方が良いんじゃないかっていうのが、突き詰めるとUSスチールの買収に動くというきっかけになったんじゃないかなと思います」