年金だけで暮らしている、あるいはこれから年金だけの生活に入る。そういう方にとって、繰下げ受給は「増える」という言葉の魅力が先に立ちがちです。
ただし、年金額が増えるということは、住民税の非課税判定に使う所得も増えるということでもあります。繰下げを選んだ結果、意図せず非課税から外れてしまう人がどこにいるのか、編集部で試算しました。
なお、住民税非課税世帯の収入基準に関する詳しい説明は、下記の記事より一部を引用・参照しています。
- 65歳以上・単身で年金収入のみの場合、非課税の目安は年金収入155万円以下です。
- 繰下げ受給は1か月あたり0.7%増額されるため、繰下げ期間が長いほど非課税ラインに近づきます。
- 国民年金だけの受給者と、厚生年金がある受給者では、非課税から外れるまでの繰下げ月数に大きな差があります。
1. 65歳以上・年金のみの非課税ラインを確認する
まず基本を押さえます。年金収入だけで暮らす65歳以上の単身世帯が、住民税非課税になる年金収入の目安を確認します。
1.1 合計所得45万円以下、年金収入なら155万円以下が目安
総務省の資料によると、扶養親族がいない単身世帯の非課税限度額(合計所得金額)は45万円以下です(標準的な級地の場合)。年金収入の場合、給与所得控除ではなく「公的年金等控除」を使って所得を計算します。
国税庁の資料によると、65歳以上の公的年金等控除は、公的年金等の収入金額が330万円未満であれば一律110万円です。年金収入から110万円を引いた金額が45万円以下になるよう逆算すると、年金収入155万円以下が非課税の目安になります。
1.2 65歳未満は控除の下限が下がる
65歳未満の場合、公的年金等控除の下限は60万円です。65歳以上より50万円低いため、同じ所得45万円の基準でも、非課税になる年金収入の目安は105万円以下と、65歳以上より50万円低くなります。
この差が生まれるのは、公的年金等控除が年齢と収入水準に応じて段階的に決まる仕組みだからです。65歳以上は長く年金を受け取る前提で控除が手厚く設計されており、65歳未満は現役世代の所得と同じ物差しに近づける形で控除が抑えられています。
また、この110万円・60万円という下限は、公的年金等の収入金額が330万円未満である場合に適用されます。330万円を超えると控除額の計算式が変わるため、企業年金や個人年金保険を合わせて受け取っている人は、この上限も意識しておく必要があります。
2. 繰下げ受給で、年金額はどこまで増えるか
年金の繰下げ受給は、65歳で受け取り始める年金を先送りすることで、月々の年金額を増やす仕組みです。65歳以上・年金のみで暮らす人にとって、この増額が非課税判定にどう響くかを見ていきます。
2.1 1か月遅らせるごとに0.7%、増額は生涯続く
日本年金機構の資料によると、繰下げ受給は1か月遅らせるごとに年金額が0.7%増額されます。最大の75歳まで繰り下げると、120か月分で84%の増額です。この増額率は、繰下げを始めた後も生涯にわたって続きます。
老齢基礎年金の令和8年度の満額は月7万608円、年額に直すと84万7296円です。この金額を基準に、繰下げによる年金額の推移を編集部で試算しました。
2.2 【老齢基礎年金満額・繰下げ期間別の年金額】
老齢基礎年金満額・繰下げ期間別の年金額1/2
出所:LIMO編集部作成
繰下げなし・3年繰下げ
- 繰下げなし:年額84万7296円(増額率0%)
- 3年繰下げ:年額約106万815円(増額率25.2%)
7年繰下げ・10年繰下げ(75歳)
- 7年繰下げ:年額約134万5506円(増額率58.8%)
- 10年繰下げ(75歳):年額約155万9025円(増額率84%)
3. 編集部試算:国民年金だけなら75歳繰下げでようやく非課税ラインを超える
ここが本題です。老齢基礎年金の満額だけを75歳まで繰り下げた場合、年金額は約155万9025円になります。単身世帯の非課税ラインである年金収入155万円と比べると、9025円上回っています。つまり、繰下げできる上限の75歳まで先送りして初めて、わずかに非課税ラインを超えてしまう計算です。
3.1 国民年金だけの受給者は、非課税から外れにくい
国民年金の保険料を満額納めてきた人でも、繰下げできる上限の75歳まで先送りして初めて、非課税ラインをわずかに超える水準です。言い換えると、国民年金だけで暮らしている人は、上限近くまで繰り下げない限り、非課税から外れる心配をあまりしなくてよいということになります。
ただし満額に届いていない人(保険料の未納・免除期間がある人)は、この試算よりも年金額が低くなります。その場合は75歳まで繰り下げても非課税ラインには届きません。
3.2 繰下げの上限は75歳、途中の年数でも境目に近づく
繰下げ受給の上限は75歳(120か月)です。満額の老齢基礎年金だけを受け取る人であれば、途中の年数で止めた場合はさらに非課税ラインから遠くなります。たとえば10年より早い8年(96か月)繰下げでは年額約141万6679円で、非課税ラインまでまだ13万円以上の余裕があります。
つまり、国民年金だけの受給者にとって、非課税から外れる心配をする必要が出てくるのは、繰下げの上限に近い年数まで先送りした場合に限られるということです。多くの人にとっては、繰下げによる増額のメリットを、非課税の心配なしに受け取れる計算になります。
4. 【編集者の視点】
この試算で強調したいのは、「繰下げ受給=非課税から外れるリスク」という単純な図式が、国民年金だけの受給者には当てはまらないという点です。増額率84%という数字の大きさに気を取られると、年金額そのものの絶対水準を見落としがちです。
繰下げを迷う理由の一つに、「非課税優遇を失うのでは」という不安があるという場合もあるでしょう。国民年金だけの方であれば、この不安の多くは杞憂に終わります。むしろ、繰下げによる増額のメリットを、非課税を心配せずに享受できる立場にあると言えます。
注意が必要なのは、企業年金や個人年金保険、あるいは配偶者の年金分割を受けているなど、国民年金以外の年金収入が上乗せされている人です。次の章で、その場合にどれくらいの繰下げで非課税ラインを超えるかを試算します。
5. 厚生年金や企業年金がある人は、短い繰下げで非課税ラインを超える
国民年金だけなら安心できる一方、厚生年金など上乗せの年金がある人は事情が異なります。繰下げ前の年金額別に、非課税ラインを超えるまでの繰下げ月数を編集部で逆算しました。
5.1 年金額が高いほど、短い繰下げで非課税ラインを超える
厚生労働省年金局の資料によると、厚生年金の平均受給月額は全体で15万289円、年額に直すと約180万3468円です。これはすでに単身世帯の非課税ライン155万円を超えている水準で、繰下げをするまでもなく非課税の対象外です。男女別では男性が16万9967円、女性が11万1413円で、女性の平均額は年額換算でも133万6956円にとどまり、非課税ラインの内側に収まります。
この平均額よりも年金が少ない人、たとえば繰下げ前の年金額が130万円や140万円といった水準の人にとっては、繰下げが非課税の判定を左右する境目になり得ます。特に女性は、厚生年金の平均受給額そのものが非課税ラインに近い水準にあるため、繰下げの影響を受けやすい層だと言えます。
5.2 【繰下げ前の年金額別・非課税ラインを超えるまでの繰下げ月数】
繰下げ前の年金額別・非課税ラインを超えるまでの繰下げ月数2/2
出所:LIMO編集部作成
年金額が比較的低いケース
- 年金収入100万円:非課税ラインを超えるまで約79か月(約6.5年)
- 年金収入120万円:非課税ラインを超えるまで約42か月(約3.5年)
年金額が非課税ラインに近いケース
- 年金収入140万円:非課税ラインを超えるまで約15か月(約1.3年)
- 年金収入150万円:非課税ラインを超えるまで約5か月(約0.4年)
6. 【編集者の視点】
この試算が示しているのは、繰下げ受給の判断において「増額率」だけでなく「今の年金額が非課税ラインからどれだけ離れているか」を先に確認する必要があるということです。年金額が非課税ラインに近い人ほど、短い繰下げ期間で境目を越えてしまいます。
非課税から外れると、住民税だけでなく、国民健康保険料や介護保険料の算定、高額療養費の自己負担区分など、複数の制度に連動して影響が及びます。繰下げによる増額分が、こうした負担増を上回るかどうかは、単純な年金額の比較だけでは判断できません。
繰下げを検討している人は、まず自分の「ねんきん定期便」や日本年金機構の窓口で、繰下げ後の見込み額を確認し、その金額が非課税ラインのどちら側に来るかを先に把握することをおすすめします。境目に近い場合は、1年単位ではなく数か月単位で選択肢を検討する余地があります。
7. 非課税から外れると、具体的に何が変わるか
非課税ラインを超えた場合、実際の暮らしにどう影響するのかを確認します。
7.1 国民健康保険料・介護保険料・高額療養費に連動する
住民税の非課税・課税は、国民健康保険料の均等割・平等割の軽減判定(7割・5割・2割)、介護保険料の所得段階、高額療養費の自己負担限度額の区分など、複数の制度の基準に使われています。
これらの制度は、いずれも「住民税が非課税かどうか」を出発点にして段階が決まる仕組みです。年金額が増えて住民税が課税に転じると、複数の制度で同時に負担が上がる可能性があります。
介護保険料は特に段階の刻みが細かく、住民税が課税になった直後の段階でも、本人の合計所得金額によってさらに複数の区分に分かれます。基準額そのものは市区町村ごとに異なりますが、非課税から課税に変わる境目で保険料率が明確に上がる設計は全国共通です。
令和6年度の制度改正では、国が示す所得段階の標準的な区分が9段階から13段階に細分化されました。非課税の範囲内でも段階が分かれ、課税に転じた直後の段階でも保険料率が刻まれているため、「非課税か課税か」の一言では捉えきれない細かさがあります。
高額療養費についても、69歳以下と70歳以上で自己負担限度額の区分が異なり、住民税非課税かどうかが区分を分ける入口になっています。年金だけで生活している人が医療費のかさむ月を迎えたとき、この区分の違いが家計への影響を大きく左右します。
こうした連動を踏まえると、繰下げ受給の判断は「増える年金額」と「増えるかもしれない負担」を突き合わせて考える作業だとわかります。片方だけを見て決めてしまうと、後になって想定外の負担増に気づくことになりかねません。
※本記事は、編集部が日本年金機構・国税庁・総務省が公表する公式の最新情報を直接確認の上、執筆・検証しています。
8. まとめ
- 65歳以上・単身で年金収入のみの場合、非課税の目安は年金収入155万円以下です。
- 繰下げ受給は1か月あたり0.7%の増額で、最大75歳まで繰り下げると84%増額されます。
- 老齢基礎年金の満額だけの受給者は、上限の75歳まで繰り下げて初めて、非課税ラインをわずかに超える水準です。
- 厚生年金など上乗せがある人は、年金額によっては数か月〜数年の繰下げで非課税ラインを超えます。
- 非課税から外れると、国民健康保険料・介護保険料・高額療養費など複数の制度に連動して影響します。
繰下げ受給は年金額を増やせる一方で、住民税の非課税判定という別の物差しとも向き合う選択です。増額率の大きさだけを見て決めるのではなく、今の年金額が非課税ラインとどれだけ離れているかを確認したうえで判断することが欠かせません。
繰下げ後の見込み額は日本年金機構の窓口やねんきんネットで確認できます。非課税ラインに近い水準にある場合は、繰下げの月数や、他の年金収入との組み合わせも含めて、窓口で具体的に相談することをおすすめします。
9. よくある質問
9.1 Q. 年金のみで暮らす場合、住民税非課税になる年金収入の目安はいくらですか。
A. 65歳以上・単身で扶養親族がいない場合、標準的な級地で年金収入155万円以下が目安です。65歳未満は公的年金等控除の下限が60万円と低いため、105万円以下が目安になります。
9.2 Q. 繰下げ受給をすると、必ず住民税非課税から外れますか。
A. 必ずしもそうではありません。老齢基礎年金の満額だけの受給者は、上限の75歳まで繰り下げて初めて、非課税ラインをわずかに超える水準にとどまります。それより短い繰下げ期間では、おおむね非課税を維持できます。厚生年金など上乗せの年金収入がある人ほど、短い繰下げ期間で非課税ラインを超えやすくなります。
9.3 Q. 非課税から外れると、年金以外にどんな影響がありますか。
A. 国民健康保険料や介護保険料の算定、高額療養費の自己負担限度額の区分など、住民税の非課税・課税を基準にした複数の制度に連動して影響します。具体的な変化額は自治体や世帯構成によって異なるため、窓口での確認をおすすめします。
9.4 Q. 繰下げを迷っている場合、どこに相談すればよいですか。
A. 繰下げ後の年金見込み額は日本年金機構の窓口やねんきんネットで確認できます。非課税ラインとの位置関係を含めて相談したい場合は、年金事務所と市区町村の税務担当窓口の両方に確認すると、判断材料がそろいやすくなります。
参考資料
- 総務省「地方税制度 個人住民税」
- 国税庁「No.1600 公的年金等の課税関係」
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- 日本年金機構「老齢基礎年金の受給要件・支給開始時期・年金額」
- 厚生労働省「令和6年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」
LIMO編集部

