トレンドマイクロ(4704)と聞いて、私は長いあいだ日本のセキュリティ会社だと思っていた。東証プライムに上場し、日経平均株価の算出銘柄にも入っている。
ところが有価証券報告書の沿革と地域別セグメントを開くと、その像は思っていたほど日本に寄っていない。売上の内訳と、グループの成り立ちを並べて見ていく。
※本記事中の株価は、過去の株式分割の影響を調整した値を使用しています。
- ①2025年12月期の日本の売上高は878億円で全体の31.8%。7割近くは日本の外で立っている
- ②主要な関係会社9社のうち国内は1社のみ。台湾とアイルランドの法人には研究開発業務が委託されている
- ③2026年12月期の通期営業利益予想は444億円へ引き下げられた。円安による人件費増が効いており、海外中心の構造が損益にも表れている
1. 社名から受ける印象と、地域別の売上高のズレ
社名にトレンドとマイクロが並び、本社は東京にある。ここまでの情報だけなら、日本の会社と読むのが普通だろう。
ところが地域別セグメントを開くと、印象は変わる。2025年12月期の外部顧客への売上高は、日本878億円、アジア・パシフィック715億円、欧州614億円、アメリカズ551億円だった。
日本の構成比は31.8%。残る7割近くは日本の外で立っている。地域の内訳を見るかぎり、これは日本市場を主戦場とする会社の形ではない。
利益率で見ると別の姿も出てくる。日本の営業利益率は23.5%で、アジア・パシフィックの18.2%、欧州の20.1%、アメリカズの20.0%を上回っている。売上高では3割の日本が、利益率では最も高い。
売る量は海外が多く、稼ぐ効率は日本が高い。この二つが同時に成り立っているのが、いまの地域構成である。
2. グループの親会社は、一度は台湾にあった
なぜこういう構成になったのか。有価証券報告書の沿革をたどると、この会社の出発点が日本の事業会社ではないことがわかる。
1989年10月、英国法人の子会社であるロンローパシフィック株式会社が、コンピュータの基本ソフトウェア(OS)の輸入・販売を目的として、株式会社ロンローインターナショナルネットワークスを東京都品川区に設立した。これが現在の同社の始まりである。
1992年1月に株式会社リンクへ社名を変更し、同年7月にはロンローパシフィックからTrend Micro Incorporated(台湾)へ株式が譲渡された。この時点で、親会社は台湾法人になっている。
1996年5月にトレンドマイクロ株式会社へ社名を変更。同じ年に、有価証券報告書の注記によれば、台湾法人の株主から同社およびその関係会社の株式を購入し、日本法人がグループの親会社となった。同年11月には台湾、米国、韓国、ドイツ、イタリアのTrend Micro各社を買収している。
順番が逆なのだ。日本の会社が海外へ出ていったのではなく、すでに各地に散らばっていたグループを、日本法人が後から束ねた。上場は1998年8月の店頭登録が最初で、東証第一部への上場は2000年8月である。
この成り立ちは、いまの関係会社の形にそのまま残っている。2025年12月末時点の主要な関係会社9社のうち、国内はVicOne Corporationの1社だけだ。
役割の割り振りも興味深い。台湾のTrend Micro Incorporatedとアイルランドのトレンドマイクロ(EMEA)には、有価証券報告書の関係内容欄に研究開発業務等委託と記されている。米国カリフォルニアのTrend Micro Incorporatedは特定子会社で、売上高516億円、経常利益81億円、当期純利益58億円、総資産1,277億円を持つ。米国テキサスのTrend Micro America Inc.は資金管理業務が役割だ。
人員の分布も同じ方向を指している。2025年12月期の連結の従業員数は6,717人。これに対して、提出会社である日本法人の従業員は725人だった。
研究開発は台湾とアイルランドに、資金管理は米国に置かれ、人員の大半も日本の外にいる。日本法人はグループの親会社として上場しているが、機能の重心はそこにはない。
出所:トレンドマイクロ株式会社 有価証券報告書をもとに筆者作成
3. 直近1カ月の株価と、直近時点のPER・PBR
株価は直近1カ月で水準を下げている。7月23日の終値6,165円から8月21日の5,472円へ、率にして11.2%の下落だ。
経路は一様ではない。7月末までは6,700円台まで上げる場面があり、8月12日には6,966円まで切り上がった。ここが期間中で最も高い水準である。
そこから急な下方調整が入る。8月13日の6,851円から8月14日は5,851円へ、1,000円の下落となった。8月17日には5,352円まで下げ、これが期間中で最も低い水準だ。
その後は5,500円前後で戻りを試す動きが続き、8月21日の終値は5,472円。前日の5,708円から236円、率にして4.1%の下落となった。
この局面では通期予想の引き下げが意識された可能性が高い。もっとも株価の水準は需給や相場全体の地合いにも動かされる。値動きの理由を単一の材料に寄せるのは避けたい。
8月21日時点のPER(株価収益率)は23.21倍、PBR(株価純資産倍率)は6.14倍である。PBRが6倍台に乗るのは、自己株式の取得を続けて自己資本を薄く保ってきたことも効いている。指標の水準そのものより、その分母がどう作られているかを見ておきたいところだ。
4. 筆者コメント
なぜこの会社の像は、いつまでも日本のセキュリティ会社のままなのだろうか。
答えの一つは、日本での見え方が強すぎることだと思う。個人向けの製品が店頭やECの棚に並び、名前を日本語で読める。日本の営業利益率が地域のなかで最も高いという事実も、この印象を裏から支えている。
だが売上高の7割近くは日本の外にある。研究開発は台湾とアイルランドの法人に委託され、人員の大半も海外にいる。見えている部分と、事業の重心が置かれている場所が違う。
このズレは数字の読み方にも効く。円安が売上を押し上げると同時に人件費も押し上げるのは、人員の分布がそうなっているからだ。日本の会社という前提で為替の効き方を読むと、片側だけを見ることになる。
企業の姿は、製品の棚よりも沿革と関係会社の一覧に正直に出る。決算を読むとき、この二つにも目を向けることをおすすめしたい。

