「老後資金1億円あれば、もう安心できるはず」。そう考えている方は少なくないでしょう。しかし、資産1億円と2億円、3億円とでは、直面する課題がまったく違います。

インフレで資産の実質的な価値がどれだけ目減りするか、税制上どんな立ち位置にいるのか——資産規模が大きくなるほど、平均的な老後資金の話とは別の視点が必要になります。

なお、資産形成の基礎知識や富裕層の実態については、下記の記事より一部を引用・参照しています。

【最新データ】日本の富裕層の割合は?年代別の平均貯蓄額と年収別データから見る資産形成の最適解
【最新データ】日本の富裕層の割合は?年代別の平均貯蓄額と年収別データから見る資産形成の最適解
ココがポイント
  • 野村総合研究所の基準では、資産1億〜3億円は「富裕層」であり「超富裕層」(5億円以上)ではありません
  • 総務省の家計調査には、資産1億円台・2億円台という区分での生活費データは公表されていません
  • インフレが続けば、資産1億円の実質的な価値は20年で5割近く目減りする可能性があります

1. 「超富裕層」は言い過ぎ?資産1億〜3億円の正しい立ち位置

資産1億円、2億円、3億円という数字を聞くと「超富裕層」という言葉を思い浮かべる方もいるでしょう。まずは、この呼び方が正確かどうかを確認します。

1.1 野村総合研究所の定義では「富裕層」まで

野村総合研究所は、純金融資産の保有額に応じて世帯を5つの階層に分けています。このうち「富裕層」は純金融資産1億円以上5億円未満、「超富裕層」は5億円以上と定義されています。

つまり、資産1億〜3億円という規模は、この基準に沿えば「富裕層」の範囲にとどまり、「超富裕層」には届きません。

2023年時点で、富裕層は153万5000世帯、超富裕層は11万8000世帯と推計されています。合わせても全世帯の約2.75%にとどまる少数派です。

齊藤 慧

「2.75%」という数字を見て、思っていた以上に少数派だったと気づかされました。その立場には、その立場ならではの悩みが付いてきます。多数派向けの情報だけでは物足りない、という感覚は自然なものです。

2. 平均的な老後世帯とはケタが違う——まず基礎を確認

資産1億円以上の話に入る前に、平均的な老後世帯の家計収支を確認しておきます。これが議論の「土台」になります。

2.1 65歳以上夫婦のみ無職世帯の実態(2025年平均)

総務省「家計調査報告(家計収支編)」2025年(令和7年)平均(2026年2月6日公表)によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯の実収入は月25万4395円でした。

このうち社会保障給付が22万8614円を占め、実収入の89.9%にあたります。消費支出は26万3979円で、月4万2434円の不足(赤字)が生じている計算です。

この不足分を30年間(360か月)分の資産で埋めるとすると、必要な予備資金は1527万円ほどです。いわゆる「老後2000万円問題」の水準は、この計算に近いところにあります。

齊藤 慧

「1527万円」という平均的な数字と、自分の資産規模とのギャップに戸惑うことがあります。桁が違うと、参考にできる情報そのものが限られてくるからです。ここからは、その戸惑いに応える視点を整理していきます。

資産1億〜3億円という規模は、この平均的な不足額を埋める話とは、桁がひとつかふたつ違います。だからこそ、平均的な生活費のシミュレーションだけでは見えてこない論点があります。

3. 総務省統計に「1億円台の生活費」は存在しない

「資産1億円あればゆとりある生活ができる」という試算を目にすることがありますが、その根拠を確認したことはあるでしょうか。

3.1 公表される貯蓄区分は「4000万円以上」で打ち切り

総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)」2025年(令和7年)平均(2026年5月19日公表)が公表する貯蓄現在高の階級区分は、最上位が「4000万円以上」です。

つまり、資産1億円・2億円・3億円という規模ごとの貯蓄額・生活費の内訳は、総務省の公表統計そのものには存在しません。

3.2 【公表区分と、実際には公表されていない区分】

統計で確認できる区分

  • 100万円未満から4000万円未満まで、複数の階級に分けて公表されています
  • 最上位の区分は「4000万円以上」です

統計で確認できない区分

  • 1億円台・2億円台・3億円台以上の内訳は、公表資料に存在しません

したがって「資産1億円ならこの生活水準」という試算は、総務省の統計そのものではなく、別の仮定に基づく独自シミュレーションであることが多い、という点は押さえておく必要があります。

4. 【編集者の視点】

資産1億円台の生活費シミュレーションを見かけたとき、まず確認していただきたいのが「その数字はどの統計に基づいているか」という点です。

公的統計に存在しない区分の数字は、多くの場合、月々の支出項目を積み上げて計算した独自の試算です。試算自体が悪いわけではありませんが、前提条件(世帯構成、住居の有無、医療費の想定など)によって結果は大きく変わります。

同じ「資産1億円」でも、持ち家か賃貸か、都市部か地方かによって、必要な生活費は数万円単位で変わってくる場合もあるでしょう。

防衛策としては、複数のシミュレーションを比較する際に、必ず前提条件を確認する習慣を持つことです。前提が書かれていない試算は、参考程度にとどめておくのが無難です。

資産規模が大きくなるほど、個別の事情による差も大きくなります。具体的な資産配分の相談は、資産運用に詳しいファイナンシャルプランナーや税理士に、前提条件を伝えたうえで確認することをおすすめします。

5. インフレは資産1億円の価値をどれだけ溶かすか——試算

資産の「名目額」がいくら残っているかだけを見て安心していないでしょうか。インフレが続けば、同じ金額でも買えるものは減っていきます。

5.1 2025年の物価上昇率は3.2%

総務省「消費者物価指数(全国)」2025年(令和7年)平均(2026年1月23日公表)によると、総合指数の前年比は3.2%の上昇でした。

この上昇率が今後も続くと仮定した場合、資産の実質的な価値はどう変化するのか、編集部で試算しました。

5.2 【資産1億円が20年後・30年後にどれだけ目減りするか(編集部試算)】

025年の消費者物価上昇率3.2%が今後も一定で続くと仮定した場合の、資産の実質価値(試算)2/2

025年の消費者物価上昇率3.2%が今後も一定で続くと仮定した場合の、資産の実質価値(試算)

出所:総務省統計局「消費者物価指数(全国)2025年(令和7年)平均」2026年1月23日公表などを基にLIMO編集部作成

資産1億円の場合

  • 10年後の実質価値:約7299万円
  • 20年後の実質価値:約5326万円
  • 30年後の実質価値:約3887万円

資産2億円の場合

  • 10年後の実質価値:約1億4596万円
  • 20年後の実質価値:約1億652万円
  • 30年後の実質価値:約7774万円

資産3億円の場合

  • 10年後の実質価値:約2億1894万円
  • 20年後の実質価値:約1億5978万円
  • 30年後の実質価値:約1億1661万円

この試算は、あくまで2025年の物価上昇率が一定で続くと仮定した単純計算です。実際のインフレ率は年によって変動するため、この通りになるとは限りません。

齊藤 慧

「約5326万円」という20年後の数字を見て、資産があっても油断はできないと感じました。数字が大きいほど油断しやすいというのも、よくある心理です。だからこそ、こうして時々数字を確認する習慣に意味があります。

6. 【編集者の視点】

「資産1億円あるから大丈夫」という安心感は、預貯金の名目額だけを見ている場合、インフレによって静かに失われていく可能性があります。

特に現金・預貯金の比率が高い資産構成では、物価が上がっても資産額そのものは増えないため、実質的な購買力がそのまま目減りします。株式や不動産など、物価上昇に連動しやすい資産を一定割合持っているかどうかで、影響の受け方は変わってくるでしょう。

とはいえ、資産のすべてを値動きのある資産に置き換えればよいという単純な話でもありません。取り崩しの時期が近い資金は現金・預貯金で確保しておく必要があります。

防衛策としては、まず自分の資産のうち「現金・預貯金」「株式・投資信託」「不動産」がそれぞれ何割を占めているかを一覧にしてみることです。そのうえで、証券会社や独立系のファイナンシャルアドバイザーに、インフレ局面での資産配分の考え方を相談するとよいでしょう。

7. 「資産1億円」と「1億円の壁」は別の話——税制との距離感

資産1億〜3億円という言葉から、税制上「1億円の壁」を連想する方もいるかもしれません。ただし、ここは整理が必要な点です。

7.1 「1億円の壁」は資産額ではなく所得額の話

日本証券業協会の分析(国税庁「申告所得税標本調査」令和2年分を基に作成)によると、申告納税者の所得税負担率は、合計所得金額が1億円台から2億円台にかけて約27%前後でピークをつけ、それ以降の所得階層では低下していく傾向が見られます。

これが俗に「1億円の壁」と呼ばれる現象です。ただし、これは1年間の「所得」の話であり、保有している「資産」の額とは別の指標です。

同資料によれば、申告納税者約4907万人のうち、合計所得金額が1億円を超える人は約2万人、全体の0.4%程度にとどまります。ごく限られた層の話であることが分かります。

齊藤 慧

「0.4%」という数字だけを見ると、自分には関係ない話に思えます。ところが資産1〜3億円という規模になると、その言葉が急に身近な話に変わります。混同しやすい話だからこそ、一度きちんと区別しておく価値があります。

資産1億〜3億円を保有していても、そこから生まれる年間の運用益(所得)が数百万円程度であれば、「1億円の壁」の対象にはなりません。

7.2 ミニマムタックスの対象はさらに高い水準

国税庁「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置」(令和5年度税制改正で導入)によると、対象となるのは基準所得金額が3億3000万円を「超える」個人です。

この超える部分の金額の22.5%相当額から、通常の方法で計算した所得税額を控除した額が、追加で課税される仕組みです。

資産1〜3億円を保有し、年間の運用益が数百万〜1000万円台程度にとどまる場合、この基準所得金額3億3000万円にも届きません。

8. 【編集者の視点】

「資産1億円は税制上不利になる」といった話を耳にすることがありますが、これは「資産額」と「所得額」を混同しているケースが少なくありません。

金融所得課税(株式の譲渡益や配当)は、保有している資産の総額ではなく、その年に実現した利益に対してかかります。税率は所得の多寡にかかわらず一律約20.315%(所得税15.315%、住民税5%)の分離課税です。

資産1〜3億円という規模は、「1億円の壁」やミニマムタックスが問題になる所得水準の手前にいる場合が多いでしょう。ただし、資産を大きく取り崩して売却益が一時的に膨らむ年には、話が変わってくる場合もあります。

防衛策としては、資産の売却タイミングを1年に集中させず、複数年に分けることで、その年の所得額を平準化するという考え方があります。具体的な売却計画は、税理士に「その年の合計所得金額がどの水準になりそうか」まで含めて相談するとよいでしょう。

9. NISA非課税枠1800万円は、資産規模が大きいほど「薄まる」——編集部試算

新NISAの非課税保有限度額は1800万円です。この枠が、資産規模全体に対してどれくらいの割合をカバーできるのか、編集部で試算しました。

9.1 資産が大きいほど非課税枠のカバー率は下がる

国税庁の案内によると、新NISAの非課税保有限度額は1800万円(うち成長投資枠の上限は内数で1200万円)です。この枠を使い切った場合の、資産額に対するカバー率を計算します。

9.2 【資産額別・非課税枠1800万円のカバー率(編集部試算)】

資産1億円・1億5000万円の場合

  • 1億円:18.0%をカバー
  • 1億5000万円:12.0%をカバー

資産2億円・3億円の場合

  • 2億円:9.0%をカバー
  • 3億円:6.0%をカバー

資産が大きくなるほど、非課税枠が資産全体に占める割合は小さくなっていきます。NISAは有力な選択肢のひとつではありますが、資産規模が大きい場合、それだけで資産の大部分を非課税にできるわけではない、という点は理解しておく必要があります。

齊藤 慧

「6.0%」という数字からは、資産が大きいほど非課税の恩恵が薄まっていく様子が見えます。制度は誰にでも同じ枠を用意してくれるわけではないという事実です。それでも、使える部分を着実に活用していく姿勢は変わらず大切です。

10. まとめ

  • 野村総合研究所の定義では、資産1億〜3億円は「富裕層」であり「超富裕層」(5億円以上)には届きません
  • 総務省の家計調査には、資産1億円台以上の区分ごとの生活費データは公表されていません
  • 2025年の物価上昇率3.2%が続くと仮定すると、資産1億円の実質価値は20年で約5326万円まで目減りする計算になります
  • 「1億円の壁」やミニマムタックスは資産額ではなく所得額の基準であり、資産1〜3億円の保有だけで対象になるとは限りません
  • 新NISAの非課税枠1800万円は、資産規模が大きいほどカバーできる割合が小さくなっていきます

資産1億円、2億円、3億円という数字は、平均的な老後資金の話とは別次元の規模です。しかし、規模が大きいからこそ、インフレによる実質的な目減りや、資産と所得の違いといった、見落としやすい論点も増えていきます。

まずはご自身の資産構成(現金・預貯金・株式・不動産の比率)を確認し、インフレへの耐性や、想定される年間の運用益の水準を把握することから始めてみてはいかがでしょうか。具体的な資産配分や税務上の取り扱いについては、ファイナンシャルプランナーや税理士に相談することをおすすめします。

11. よくある質問

11.1 Q. 資産1億円は「富裕層」ですか、「超富裕層」ですか

A. 野村総合研究所の定義では、純金融資産1億円以上5億円未満が「富裕層」、5億円以上が「超富裕層」です。資産1億〜3億円は「富裕層」の範囲にとどまります。

11.2 Q. 老後資金1億円の生活レベルはどのくらいですか

A. 総務省の家計調査には資産1億円台という区分での生活費データが公表されていないため、公的統計で「このレベル」と断定することはできません。個別のシミュレーションを比較する際は、前提条件を必ず確認してください。

11.3 Q. 資産1〜3億円は「1億円の壁」の対象になりますか

A. 「1億円の壁」は資産額ではなく、1年間の合計所得金額に関する話です。資産1〜3億円を保有していても、年間の運用益(所得)が数百万円程度であれば、この壁の対象にはなりません。

11.4 Q. 新NISAだけで資産1億円以上を非課税にできますか

A. 新NISAの非課税保有限度額は1800万円のため、資産1億円の場合で約18%、3億円の場合で約6%をカバーする計算になります。資産全体を非課税にできるわけではありません。

参考資料

齊藤 慧