「老後資金は自分でシミュレーションしてみたい」。エクセルやアプリで検索すると、無料の計算ツールがいくつも出てきます。

ただ、どのツールも「何を前提に計算しているか」を確認しないまま数字だけを見てしまうと、その数字の意味を誤解することがあります。本記事では、シミュレーションの基本の考え方と、公的機関が提供するツールの使い方、そして見落としやすい「寿命」の前提を確認します。

ココがポイント
  • 老後資金のシミュレーションは、基本的には「月の不足額×12か月×年数」という単純な式でできます。
  • 「年数」に平均余命を使うか、寿命中位数を使うかで、編集部試算では必要額が数百万円単位で変わります。
  • 厚生労働省の「公的年金シミュレーター」を使えば、自分の年金額の土台をID登録なしで試算できます。

1. 老後資金のシミュレーションは、結局どんな計算をしているのか

民間のシミュレーションアプリやサイトは見た目が違っても、多くは同じ構造の計算をしています。まず、その基本の式を確認します。

1.1 基本の式は「不足額×12か月×年数」

老後資金の必要額は、基本的には「1か月あたりの不足額」に「12か月」と「老後の年数」を掛け合わせた数字です。総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)」2025年平均によると、65歳以上の単身無職世帯の実収入は月13万1456円、消費支出は14万8445円で、月2万9980円の不足でした。

この2万9980円に12を掛けると、年間の不足額は35万9760円になります。ここに老後の年数を掛けると、必要額の目安が出ます。

1.2 入力する数字が変わればシミュレーション結果も変わる

この式のうち、不足額と年数はどちらも「仮定」の数字です。生活費が今と同じ水準で続くという仮定、そして何年生きるかという仮定の2つが、計算結果を大きく左右します。

2. 民間シミュレーターと公的シミュレーター、何が違うのか

「老後資金 シミュレーション」で検索すると、金融機関や保険会社が提供する無料ツールが多く見つかります。

2.1 民間ツールの多くは前提条件を明示しない

民間のシミュレーションツールは、入力項目が少なく手軽に使える一方、生活費や年金額の前提を利用者が確認しにくい設計になっていることがあります。初期値のまま計算すると、自分の実際の年金額や生活費と異なる前提で結果が出てしまう場合があります。

2.2 公的機関のツールは、年金額の試算に特化している

一方、厚生労働省が提供する「公的年金シミュレーター」は、生活費の予測は行わず、年金額の試算に特化しています。役割が違うため、生活費のシミュレーションと年金額のシミュレーションは、別のツールを使い分ける必要があります。

3. 「平均余命」で計算すると、半数の人は足りなくなる

老後資金のシミュレーションで最も見落とされやすいのが、「何年分」を計算するかという前提です。

3.1 平均余命と寿命中位数は違う指標

厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」(2026年7月24日公表)によると、65歳の平均余命は男性19.68年、女性24.52年です。

同じ資料には「寿命中位数」という別の指標もあります。寿命中位数とは、ちょうど半数の人がその年数を超えて生きると推計される年数です。令和7年の寿命中位数は、男性84.13年、女性90.17年でした。65歳を起点にすると、男性は19.13年、女性は25.17年に相当します。

平均余命で計算すると、半数の人はこの年数より長く生きることになります。老後資金が「平均余命ぴったり」で設計されていると、その半数の人にとっては期間が不足する計算になります。

3.2 【平均余命と寿命中位数、必要額の目安の違い】

試算:単身無職世帯の必要額、平均余命と寿命中位数を使った場合の比較1/3

試算:単身無職世帯の必要額、平均余命と寿命中位数を使った場合の比較

出所:厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」などを基にLIMO編集部作成

男性の場合

  • 平均余命(19.68年)で計算:約708万円
  • 寿命中位数(19.13年)で計算:約688万円

女性の場合

  • 平均余命(24.52年)で計算:約882万円
  • 寿命中位数(25.17年)で計算:約905万円

男性は平均余命の方がやや長く、女性は寿命中位数の方がやや長いという、指標による違いが出ています。どちらの指標を使うかで、必要額の目安が数十万円単位で変わることが分かります。

齊藤 慧

「平均」という言葉には、なんとなく安心してしまう響きがあります。自分はちょうど真ん中くらいだろう、という思い込みです。実際には半数の人がその数字を超えて生きるわけで、一つの数字にすがらず幅を持たせて考えたい理由がここにあります。

4. 【編集者の視点】

「平均余命」という言葉を、多くの方が「自分が生きる年数の目安」として受け止めています。ただ、この指標の正確な意味は「今65歳の人が、平均して残り何年生きるか」という集団全体の平均値です。

実務の罠は、シミュレーションアプリが年数の入力欄に平均余命をデフォルト値として設定している場合、利用者がその数字の意味を確認せずにそのまま使ってしまうことです。年数を1〜2年延ばして再計算するだけでも、必要額の目安は大きく変わります。

防衛策としては、シミュレーションを1回の計算で終わらせず、年数を平均余命・寿命中位数・平均余命より5年長い場合など、複数のパターンで試算しておくことです。特に女性は、寿命中位数が平均余命より長いため、平均余命だけで計算すると必要額を少なく見積もるリスクがあります。

エクセルで自分の場合を計算するなら、「月の不足額」「12」「想定する年数」という3つの数字を1つのセルにそれぞれ入力し、それらを掛け合わせる関数を作るだけで十分です。年数のセルだけを複数パターンに書き換えれば、何度でも試算し直せます。

5. 厚生労働省の「公的年金シミュレーター」で年金額の土台を試算する

不足額を計算するには、まず自分の年金額を把握する必要があります。ここで使えるのが、公的機関が提供するツールです。

5.1 公的年金シミュレーターの特徴

厚生労働省によると、「公的年金シミュレーター」は、働き方や暮らし方の変化によって将来の年金額がどう変わるかを試算できるツールで、令和4年4月25日から運用が始まりました。

ねんきん定期便に記載された二次元コードを読み込むことで、生年月日や年金の加入履歴を入力する手間を省いて試算できます。ID・パスワードの登録は不要で、入力した情報は記録・保存されません。

齊藤 慧

「ID登録が必要」と聞いた時点で腰が重くなる、というのは正直な反応だと思います。個人情報を入力する作業には誰しも身構えるところがあります。その手間がないと知ると、印象がずいぶん軽くなるはずです。

5.2 入力項目と試算できること

生年月日、今後の年収、就労を終える年齢、年金の受給開始年齢を入力すると、受給額が試算されます。繰上げ受給・繰下げ受給を選んだ場合の受給額の変化も、同じ画面で確認できます。

6. 【編集者の視点】

公的年金シミュレーターは、年金額の試算という一点に特化したツールです。生活費の見積もりや、貯蓄の目標額までは計算してくれません。この役割の違いを理解していないと、「年金額シミュレーターを使ったから老後資金の計算は終わった」と誤解してしまうことがあります。

実務の罠は、このツールで年金額を試算したあと、その金額をそのまま貯蓄目標の計算に使わず終わってしまうことです。年金額が分かったら、次に家計調査の消費支出額などと比較して、不足額を自分で計算する作業が必要です。

使い方としては、まず公的年金シミュレーターで自分の年金の見込み額を確認し、その金額を先ほどの「月の不足額×12×年数」の式に当てはめる、という2段階の作業として捉えることをおすすめします。ねんきん定期便が手元にない場合も、生年月日等を手入力すれば簡易的な試算が可能です。

7. 繰上げ・繰下げ受給で、シミュレーション結果はどう動くか

公的年金シミュレーターの入力項目には、受給開始年齢もあります。この年齢を変えると、年金額そのものが変わります。

7.1 繰上げ受給は1か月ごとに0.4%の減額

日本年金機構によると、老齢年金の受給開始を65歳より前に繰り上げる場合、1か月繰り上げるごとに年金額が0.4%減額されます(昭和37年4月2日以後生まれの方。令和4年4月の見直し後の率)。この減額率は生涯続きます。

7.2 繰下げ受給は1か月ごとに0.7%の増額

反対に、受給開始を65歳より後に繰り下げる場合は、1か月繰り下げるごとに0.7%増額されます。75歳0か月まで繰り下げた場合、増額率は最大84%になります。この増額も生涯続きます。

齊藤 慧

「最大84%増額」という数字だけを見ると、つい繰り下げた方が得だと思ってしまいます。ただ、その間の生活をどう乗り切るかという現実は、数字とは別に存在します。魅力的な数字と暮らしの実感、両方を並べて考える作業が欠かせません。

7.3 【受給開始年齢と年金額の変化率】

【一覧表】受給開始年齢と年金額の変化率をチェック2/3

【一覧表】受給開始年齢と年金額の変化率をチェック

出所:日本年金機構「年金の繰下げ受給」などを基にLIMO編集部作成

  • 60歳0か月(65歳より60か月早い):▲24.0%
  • 65歳0か月(基準):±0%
  • 70歳0か月(65歳より60か月遅い):+42.0%
  • 75歳0か月(65歳より120か月遅い):+84.0%

この変化率を、先ほどの公的年金シミュレーターの試算結果に当てはめると、受給開始年齢を変えた場合の年金額をおおまかに確認できます。ただし実際のシミュレーターでは、この変化率を含めた金額がそのまま表示されます。

この増額率は「年金額」だけの話であり、老後資金全体で得かどうかは別の計算が必要です。繰下げによる増額率の高さだけに注目して、繰り下げている間の生活費をどう用意するかを考えずに計画してしまう方もいるでしょう。65歳から70歳まで年金を受け取らない場合、その5年間の生活費は貯蓄や他の収入で埋める必要があります。

齊藤 慧

「5年間」という言葉には、思いのほか長い道のりに感じさせる響きがあります。増額という将来の安心と、目の前の5年をどう過ごすかは、別の物語として分けて考えたい部分です。

8. エクセルで自分の必要額を計算する具体的な手順

ここまでの内容を踏まえて、実際にエクセルやスプレッドシートで計算する手順を整理します。

8.1 4つの数字を用意する

必要な数字は、①今後の年収から公的年金シミュレーターで試算した年金の見込み額、②家計調査などを参考にした想定生活費、③年数(平均余命・寿命中位数など複数パターン)、④現在の貯蓄額の4つです。

8.2 【エクセルで計算する4つの項目】

4つの項目を一覧表でチェック3/3

4つの項目を一覧表でチェック

出所:LIMO編集部作成

  • 手順1:年金の見込み額(月額)/公的年金シミュレーターの試算結果
  • 手順2:想定生活費(月額)/家計調査、または自分の実際の生活費
  • 手順3:年数(複数パターン)/簡易生命表の平均余命・寿命中位数
  • 手順4:現在の貯蓄額/自分の預貯金・資産の合計

この4つを用意したら、(想定生活費-年金の見込み額)×12×年数-現在の貯蓄額、という式で、追加で準備すべき金額の目安が計算できます。

9. 【編集者の視点】

エクセルでの計算式そのものは、四則演算だけで作れるほど単純です。難しいのは計算式ではなく、4つの数字のうち「想定生活費」と「年数」をどう置くかという判断の部分です。

実務の罠は、想定生活費に家計調査の平均値をそのまま入れて、自分の実際の生活費と比べずに計算を終えてしまうことです。持ち家か賃貸か、単身か夫婦かによって、平均値と実際の生活費には大きな差が出ることがあります。

防衛策としては、最初の1回は家計調査の平均値で計算し、2回目以降は自分の直近3か月の実際の支出を集計した数字に置き換えて、結果を比較することです。この2つの結果の差が大きいほど、平均値だけに頼った計算はリスクが高いと判断できます。年数も1パターンで終わらせず、複数パターンを並べて幅を確認することをおすすめします。

受給開始年齢を変えるパターンも、同じ表に並べて確認することをおすすめします。公的年金シミュレーターで60歳・65歳・70歳など複数の受給開始年齢を試算し、その差額と、繰り下げている間に必要な生活費を突き合わせてみると、年金額の増額だけでは見えない部分まで含めて比較できます。

10. まとめ

  • 老後資金のシミュレーションは、基本的には「月の不足額×12か月×年数」という単純な式でできます。
  • 「年数」に平均余命を使うか寿命中位数を使うかで、編集部試算では必要額が数十万円単位で変わります。
  • 厚生労働省の「公的年金シミュレーター」は年金額の試算に特化したツールで、生活費の計算とは別に使う必要があります。
  • エクセルでの計算は、年金見込み額・想定生活費・年数・貯蓄額という4つの数字を用意すれば十分です。

シミュレーションツールが出す数字は、入力した前提条件がそのまま反映されたものにすぎません。ツールの結果を鵜呑みにするより、前提条件を自分で確認しながら、複数のパターンで試算する方が実態に近づきます。

まずは公的年金シミュレーターで年金の見込み額を確認し、家計調査の数字と自分の実際の生活費の両方で、不足額を計算し直すことから始めてみてください。

11. よくある質問

11.1 Q. 老後資金のシミュレーションは、どのアプリを使えばいいですか

A. 年金額の試算には、厚生労働省の「公的年金シミュレーター」が公的機関のツールとして利用できます。生活費や必要額の計算まで含めて行う場合は、その年金額の試算結果を、家計調査などの生活費データと組み合わせてエクセル等で計算する方法があります。

11.2 Q. シミュレーションで使う「年数」は何年で計算すればいいですか

A. 一律の正解はありませんが、平均余命だけで計算すると、寿命中位数(半数の人が超える年数)より短くなる場合があります。編集部試算では、女性は寿命中位数の方が平均余命より長くなっています。複数の年数パターンで試算することをおすすめします。

11.3 Q. 年金の繰下げ受給は、シミュレーションでどう考えればいいですか

A. 繰下げ受給は1か月ごとに0.7%増額され、75歳0か月まで繰り下げると最大84%増額されます(日本年金機構、令和4年4月以降の率)。ただし繰り下げている間の生活費を別に用意する必要があるため、増額率だけでなく、その間の生活費も合わせてシミュレーションすることをおすすめします。

参考資料

齊藤 慧