「老後資金は2000万円あれば足りる」。この数字を目安にしている自営業・フリーランスの方は少なくないかもしれません。

ただ、この「2000万円」という数字は、そもそも自営業者を想定した試算ではありません。本記事では、国民年金のみで老後を迎える場合の必要額を編集部で試算し、その差を埋める制度の使い方と落とし穴を確認します。

ココがポイント
  • 「老後2000万円」の試算は厚生年金を含む夫婦世帯の話です。国民年金のみの自営業者では、試算で単身男性でも約1838万円、単身女性では約2291万円という目安になります。
  • iDeCoの拠出限度額は、現行制度では自営業者(月6.8万円)の方が企業年金のない会社員(月2.3万円)より大きく設定されています。
  • 国民年金基金は一度加入すると原則自己都合で脱退できません。上乗せ制度は「入る前」の比較が重要です。

1. 「老後2000万円」は、そもそも自営業者の試算ではない

「老後2000万円問題」という言葉のもとになった報告書の前提を、まず確認します。

1.1 2000万円という数字の出どころ

金融庁「高齢社会における資産形成・管理」(金融審議会市場ワーキング・グループ報告書、2019年6月3日公表)によると、この試算は年金収入が中心の高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上・妻60歳以上)の家計収支をもとにしています。

この報告書自身が、モデル世帯は厚生年金を含む夫婦世帯の数値であり、単身の場合や、厚生年金に加入していない場合は前提が異なる、と注記しています。

1.2 自営業者の年金は、この前提に当てはまらない

自営業やフリーランスは、原則として厚生年金に加入せず、国民年金のみとなります。つまり「2000万円」という数字は、最初から自営業者の家計を想定したものではありません。

2. 試算:国民年金のみの場合、必要額はどう変わるか

ここから、国民年金のみで老後を迎える場合の必要額を、公的資料から編集部で試算します。

2.1 単身・自営業者の場合の不足額

総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)」2025年平均によると、65歳以上の単身無職世帯の消費支出は月14万8445円でした。

これに対し、日本年金機構によると、令和8年度の国民年金(老齢基礎年金)の満額は月7万608円です(2026年4月1日時点、昭和31年4月2日以後生まれの場合)。国民年金のみの場合、この差額である月7万7837円が不足額の目安になります。

この不足額に、厚生労働省「令和7年簡易生命表」の65歳の平均余命(男性19.68年、女性24.52年)を掛け合わせると、老後全体の必要額の目安が見えてきます。

2.2 【国民年金のみの場合の必要額、老後全体での目安】

老後資金の目安1/2

老後資金の目安

出所:厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」などを基にLIMO編集部作成

単身男性の場合(想定期間:19.68年)

  • 月の不足額:7万7837円
  • 必要額の目安:約1838万円

単身女性の場合(想定期間:24.52年)

  • 月の不足額:7万7837円
  • 必要額の目安:約2291万円

国民年金のみの場合の必要額を見てきましたが、次はiDeCoの拠出限度額が現行制度と2027年の改正後でどう変わるかを確認してみましょう。

参考として、夫婦とも自営業で国民年金のみの場合を確認します。65歳以上夫婦のみ無職世帯の消費支出(月26万3979円)から国民年金2人分(月14万1216円)を差し引くと、月12万2763円の不足になります。

これは、厚生年金を含む「2000万円問題」のモデル世帯(月約5万円の不足)の2倍以上です。

齊藤 慧

自営業と会社員、同じように働いてきたはずなのに、老後の備え方にこれだけ差がつくと知ると、少し悔しい気持ちになる方もいるはずです。国民年金だけでは足りない分を自分の意思で積み上げていく、という構造そのものを知っておくことが出発点になります。

3. 【編集者の視点】

「老後2000万円」という数字が独り歩きし、自営業者もこの金額を目安にしてしまうケースを見かけます。しかし編集部試算のとおり、国民年金のみの場合の不足額は、単身でも夫婦でも、この前提より大きくなります。

実務の罠は、この差の大きさを知らずに、会社員向けの記事やシミュレーションツールをそのまま使ってしまうことです。多くのツールは厚生年金を含む前提で初期設定されているため、自営業者が自分の年金額を入力し直さない限り、必要額を過小評価したまま計算が進んでしまいます。

この差を埋める手段の一つが、次の章で説明するiDeCoです。例えば月3万円を20年間積み立てると、掛金の累計額だけで720万円になります(運用による増減は含みません)。

約1838万〜2291万円という必要額に対して、iDeCo単体で全額を埋めるのは簡単ではありませんが、国民年金基金・小規模企業共済と組み合わせることで、埋められる幅は広がります。まずは自分の場合の不足額を、家計調査の平均値ではなく実際の生活費で計算し直すことをおすすめします。

4. 上乗せ制度で埋められるか。ただし「入る前」の比較が重要

不足額を埋める手段として、国民年金基金・小規模企業共済・iDeCoの3つがあります。ただし、これらは条件が異なり、一度加入すると変更しにくい制度もあります。

4.1 国民年金基金は、途中で自由に脱退できない

全国国民年金基金の案内によると、国民年金基金は一度加入すると、会社員になるなど第1号被保険者でなくなった場合を除き、原則として自己都合で脱退できません。

また、1口目は加入時に終身年金A型・B型のいずれかを選ぶ必要があり、この年金の型は加入後に自由に変更できるものではありません。

4.2 iDeCoの拠出限度額は、自営業者の方が大きい

iDeCo(個人型確定拠出年金)の拠出限度額は、現行制度では第1号被保険者(自営業者等)が月6.8万円です。企業年金のない会社員は月2.3万円が上限で、自営業者の方がむしろ大きな枠を持っています。国民年金基金とiDeCoの掛金は合算で上限が管理されるため、両方に加入する場合は配分を考える必要があります。

齊藤 慧

枠が大きいと聞くと得した気分になりますが、実際は「会社員には企業年金という別の上乗せがある分、iDeCoの枠が絞られている」という話の裏返しにすぎません。自営業者はこの枠をどう活かすかが、そのまま将来の受取額に直結します。

5. 【編集者の視点】

「上乗せ制度があるなら、とりあえず一番大きい枠から埋めよう」と考えて、国民年金基金にまず加入する方がいます。ただ、国民年金基金は一度加入すると脱退できない終身年金という性質上、この判断は事業の先行きが見通せない時期には慎重になるべき決断です。

実務の罠は、加入時に選んだ口数や年金の型を、事業の状況が変わった後で「もっと少なくしたい」と思っても、基本的にはやり直せないことです。廃業や会社員への転換以外の理由での脱退は、原則として想定されていません。

防衛策としては、国民年金基金に加入する前に、まずiDeCoで無理のない金額から始め、事業の収支が数年安定してから、国民年金基金の口数を検討するという順番も選択肢になります。加入前に、全国国民年金基金または職能型基金の窓口で、口数ごとの年金額と、脱退が認められる条件を具体的に確認しておくことをおすすめします。

6. 資金繰りに使えるかどうかという、もう一つの違い

老後資金の積立先を選ぶ際、もう一つ見落とされがちなのが、事業資金として使えるかどうかという違いです。

6.1 小規模企業共済には契約者貸付制度がある

独立行政法人中小企業基盤整備機構によると、小規模企業共済には契約者貸付制度があり、納付した掛金の範囲内で、事業資金などを担保・保証人不要で借り入れられます。iDeCoにはこうした貸付の仕組みはありません。

6.2 2027年1月に迫るiDeCoの制度改正

2026年12月1日に施行される法改正により、2027年1月の掛金分から、iDeCoの拠出限度額が変わります。自営業者は月7.5万円、企業年金のない会社員は月6.2万円に、それぞれ引き上げられる予定です。現行制度で月4.5万円ある自営業者と会社員の差は、月1.3万円まで縮まる見込みです。

齊藤 慧

制度が変わると聞くと身構えてしまいますが、今回は会社員側の枠が広がる話であり、自営業者の枠が減るわけではありません。むしろ、これまで開いていた差が少し縮まる方向の変化だと捉えてよさそうです。

6.3 【iDeCo拠出限度額の改正前後(月額)】

iDeCoの拠出限度額(月額)、現行制度と2027年1月の掛金分からの改正後の比較2/2

iDeCoの拠出限度額(月額)、現行制度と2027年1月の掛金分からの改正後の比較

出所:LIMO編集部作成

自営業者(第1号被保険者)の場合

  • 現行:6.8万円
  • 改正後(2027年1月〜):7.5万円

企業年金のない会社員の場合

  • 現行:2.3万円
  • 改正後(2027年1月〜):6.2万円

会社員側の引き上げ幅が大きいため、自営業者が持っていた「拠出枠の広さ」という優位性は、この改正で大きく縮小します。自営業者にとっては、今のうちに拠出枠の広さを活かしておく価値があるとも言えるでしょう。

7. 【編集者の視点】

自営業者にとって、老後資金の積立先を選ぶ基準は、いくら積み立てられるかだけではありません。事業を続けている間に資金繰りが厳しくなったとき、その積立を担保に借り入れができるかどうかも、実務上は重要な違いです。

実務の罠は、iDeCoに掛金を集中させすぎて、いざ事業資金が必要になったときに、老後資金にも事業資金にも手が届かない状態になることです。iDeCoの資産は原則60歳まで引き出せません。

小規模企業共済とiDeCoを併用する場合は、事業の資金需要が読みにくい時期は小規模企業共済の比率を厚めにし、事業が安定してからiDeCoの掛金を増やすといった配分の調整も検討の余地があります。2027年1月の制度改正のタイミングは、この配分を見直す機会としても使えます。

齊藤 慧

老後資金と事業資金、どちらも手元に置いておきたいというのは、自営業者なら誰しも抱える悩みでしょう。優先順位を一度に決め切る必要はなく、事業の状況に応じて少しずつ配分を調整していくくらいの気構えで十分です。

8. まとめ

  • 「老後2000万円」の試算は厚生年金を含む夫婦世帯の話で、国民年金のみの自営業者にはそのまま当てはまりません。
  • 編集部試算では、国民年金のみの場合の必要額は単身男性で約1838万円、単身女性で約2291万円です。
  • 国民年金基金は一度加入すると原則脱退できず、iDeCoは資金を60歳まで引き出せません。小規模企業共済には契約者貸付制度があります。
  • 2027年1月からiDeCoの拠出限度額が変わり、自営業者と会社員の差は縮まる見込みです。

「老後2000万円」という数字だけを目安にすると、自営業者は必要額を見誤ります。まず自分の年金額と生活費から、必要額を計算し直すことが出発点になります。

そのうえで、国民年金基金・小規模企業共済・iDeCoのそれぞれの制約(脱退のしやすさ、資金の流動性、拠出限度額)を比較し、事業の状況に合わせて配分を決めることをおすすめします。

9. よくある質問

9.1 Q. 自営業者の老後資金も2000万円あれば足りますか

A. 「2000万円」の試算は厚生年金を含む夫婦世帯を前提にしています。編集部試算では、国民年金のみの単身の場合、男性で約1838万円、女性で約2291万円という目安になり、前提が異なる点にご注意ください。

9.2 Q. 国民年金基金とiDeCo、どちらから始めるべきですか

A. 一律の答えはありませんが、国民年金基金は加入後に脱退しにくい終身年金である点に注意が必要です。事業の収支が安定していない時期は、まずiDeCoから無理のない金額で始める選択肢もあります。

参考資料

齊藤 慧