8. 年金を増やす第3の選択肢「繰下げ受給」
老齢年金は原則65歳から受け取りますが、受給開始を66歳以降に遅らせる「繰下げ受給」という選択肢があります。
日本年金機構によると、繰り下げた月数1カ月につき0.7%増額され、最長75歳まで(120カ月)繰り下げると最大84%の増額に。しかも、この増額率は一度決まると生涯変わりません。
本文で試算した年216万2736円(月約18万円)を例に計算してみましょう。
70歳まで繰り下げた場合は42%増の年約307万円(月約25万6000円)、75歳まで繰り下げた場合は84%増の年約398万円(月約33万2000円)となります(いずれも税・社会保険料が引かれる前の額面)。
なお、国民年金(老齢基礎年金)と厚生年金(老齢厚生年金)は別々に繰り下げることができます。「基礎年金だけ繰り下げて、厚生年金は65歳から受け取る」といった柔軟な組み合わせも可能です。
ただし、注意すべき点もあります。
第一に、受給額が増えても受け取る期間は短くなるため、生涯の受取総額が必ず有利になるとは限りません。
一般に、繰下げによる損益分岐点は受給開始からおよそ11〜12年後とされています。
第二に、額面が増えれば所得税・住民税や社会保険料の負担も増え、医療・介護の自己負担割合が上がるケースもあります。増額分がそのまま手取りの増加につながるわけではない点は押さえておきたいところです。
第三に、配偶者がいる方の場合、老齢厚生年金を繰り下げている間は加給年金が支給されません。加給年金は年間約40万円になることもあるため、繰下げの判断に大きく影響します。
そして何より、繰下げは「その間の生活費を年金以外でまかなえること」が大前提です。
65歳以降も働き続ける、退職金や貯蓄でつなぐといった見通しがあってはじめて成立する選択肢といえます。
繰下げ受給は「長く働く」「資産形成を進める」と並ぶ、老後資金を厚くする第3の手段です。
有利・不利は一人ひとりの就労状況や家族構成で変わりますので、検討する際は年金事務所や専門家に個別に確認することをおすすめします。
9. 将来の備えのために今からできること
夏のボーナスが支給され、1年の折り返しを過ぎたこの時期は、ご自身の長期的なマネープランを見直す絶好の機会です。
今回は「平均年収600万円で40年勤務」という特定のモデルで試算しましたが、実際に受け取れる年金額は、一人ひとりの働き方や収入によって大きく異なります。
また、家計調査のデータが示すように、多くの場合、年金の手取り額だけでは生活費をまかなえず、貯蓄を取り崩しながら生活するのが現実といえるでしょう。
まずは、「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」などを活用して、ご自身のリアルな年金見込額をできるだけ早く確認することをおすすめします。
その上で、不足する分をどのように補っていくか(より長く働く、NISAやiDeCoで計画的に資産形成を進めるなど)、今のうちから具体的な戦略を立てておくことが重要です。
10. 監修者からのコメント
老後のお金に対しては、現役世代の約6〜8割が強い不安を感じているという調査結果もあります。
不安が大きくなると、つい「今すぐ焦って、大金を投資で増やさなければ」と大きな決断を急ぎたくなるかもしれません。
しかし、老後資金づくりで最も手堅く、効果が大きいのは「長く働く」ことと「支出の固定費を見直す」という地味な2つのステップです。
まずは毎月の家計の適切な収支管理(家計の見える化)から始めましょう。
そのうえで、日々の生活を脅かさない「余裕資金」の範囲内で、新NISAやiDeCo(個人型確定拠出年金)での長期的な積立運用に回していく順番が、最も現実的で持続可能な戦略と言えます。
焦って過度なリスクを取る必要はありません。
ねんきん定期便などで自分の現状をしっかりと把握し、できることから無理のない一歩を踏み出していくことが、将来の自分を助ける強力な盾となります。
参考資料
- 国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」
- 日本年金機構「公的年金制度の種類と加入する制度」
- 日本年金機構「老齢基礎年金の受給要件・支給開始時期・年金額」
- 日本年金機構「は行 報酬比例部分」
- 総務省「家計調査報告 家計収支編 2024年(令和6年)平均結果の概要」
- 厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
池上 翠

