米国を代表する株価指数であるS&P500は、力強い上昇を続けて最高値圏で推移しています。
多くの投資家が「米国市場全体が好調だ」と捉えがちですが、実はその上昇の中身は極端に一部の銘柄に偏っているという事実をご存知でしょうか。
特定の銘柄群を除くと、市場全体の上昇はほぼ消滅してしまうほど、いびつな構造になっているのです。一体なぜ、このような極端な偏りが生じ、そして今、市場の内部でどのような変化が起き始めているのでしょうか。
この点について、元機関投資家の泉田良輔氏が、独自のデータを用いて米国市場の資金の流れを解説します。
この記事のポイント
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S&P500の上昇の大半は、AI関連の74社によって生み出されている -
6月後半以降、ハイテク株からヘルスケアや金融へ資金が移動する「セクターローテーション」が起きている -
資金移動の最大の要因は「金利」であり、利上げ観測が市場の潮目を変えている -
AIの「トレンド」は継続しても、相場の「サイクル」による調整は必ず起こる -
個別株を見る「ズームイン」だけでなく、市場全体を俯瞰する「ズームアウト」の視点が重要
1. S&P500上昇の裏側:極端な偏りと変化の兆し
ニュースなどで「米国株が好調」と耳にして、実際に投資を始めている方も多いでしょう。しかし、市場の内部を詳細に分析すると、驚くべき事実が浮かび上がってきます。
泉田氏の分析によると、今年のS&P500の上昇は、ごく一部の企業群によって牽引されています。以下の図は、S&P500を構成する企業を「AI関連」「エネルギー」「その他」の3つに分類し、年初からの時価総額の変化を示したものです。
なお、ここで用いられている「S&P AI」という分類は、S&P社の公式指数ではありません。米国の運用会社Apolloの主張をベースに、半導体やソフトウェア、ネット、AIインフラなどを含む広義のAIバスケット74社として、泉田氏が独自に再構築したデータです。
☆☆☆市場の集中:S&P500の時価総額変化をAI/エネルギー/その他に分解☆☆☆1/4
☆☆☆出所:イズミダイズム独自データ(yfinance/GICS分類、2026年7月6日時点)。縦軸の数値は10億ドル($bn)単位(例:5,360 ≒ 約5.4兆ドル)。「S&P AI」はS&P社の公式指数ではなく、当チャンネル独自の広義AIバスケット74社☆☆☆
データを見ると、年初来のS&P500全体の時価総額増加分(約6.9兆ドル)のうち、AI関連の74社だけで約5.4兆ドルを稼ぎ出しています。エネルギー関連の21社が約2,700億ドルであり、残りの「その他」の408社をすべて合わせても約1.3兆ドルにとどまっています。つまり、AI関連とエネルギー関連を除くと全体の増加分の8割以上が失われ、S&P500の上昇の勢いは大幅に鈍化するのが実態です。
このグラフからは、時期による劇的な変化も読み取れます。4月には関税ショックなどの影響で一時マイナス5兆ドル超まで急落する局面がありましたが、4月末からはAI関連銘柄が主導する形で急回復を遂げました。
しかし、泉田氏が注目するのは6月後半以降の動きです。AI関連銘柄の時価総額の伸びが鈍化し、指数全体が横ばいになる中で、これまで低迷していた「その他」の408社がプラスに転じ、上昇の裾野が広がり始めているのです。これは、市場の内部で資金の流れが大きく変わりつつあることを示唆しています。
2. 市場の潮目を変える「セクターローテーション」とは
AI関連銘柄に投資している個人投資家から、「話題の銘柄を買ったのに、最近は思ったより株価が伸びない」という疑問が投げかけられることがあります。この現象の背景にあるのが、「セクターローテーション」という市場のメカニズムです。
泉田氏はこの現象について、次のように解説します。
「セクターローテーションっていうのは例えばNVIDIAだったらテクノロジーセクター、例えばコーラとかだったら食品セクターみたいに、その企業が属するセクターっていうのがあるんですよ。そのセクターローテーション、入れ替えが今起きてるから」
セクターとは、企業が属する業種や産業のグループのことです。株式市場では、永遠に上がり続けるセクターは存在しません。景気の動向や金利環境の変化に応じて、投資家の資金はあるセクターから別のセクターへと移動(ローテーション)していきます。
実際にどのような資金移動が起きているのか、具体的なデータを見てみましょう。
☆☆☆セクターローテーション:グロース(AI)からディフェンシブ・バリューへ(前半vs後半)☆☆☆2/4
☆☆☆出所:イズミダイズム独自データ(yfinance/GICS分類)。前半=2026年1月〜6月18日、後半=6月18日〜7月6日の時価総額変化(10億ドル単位)☆☆☆
このデータは、今年の前半(1月〜6月18日)と後半(6月18日〜7月6日)における、セクター別の時価総額変化を示しています。
前半に約4.7兆ドルという圧倒的な上昇を見せていた「情報技術(AI・ハイテク)」セクターは、後半になると一転して約8,600億ドルの減少に転じ、最大の売り越しセクターとなっています。
一方で、前半は最下位クラスに沈んでいた「ヘルスケア」(前半 約2,500億ドルの減少)と「金融」(前半 約2,400億ドルの減少)が、後半にはそれぞれ約4,900億ドル、約4,100億ドルの増加と首位クラスに躍り出ています。
泉田氏によれば、これは非常に典型的な動きだと言います。
「やっぱり製薬会社ってどんな時も安定的に売上と利益出せるから、基本的にディフェンシブセクターの代表的なセクターと言われていて、景気悪い時はヘルスケア上がります」
株式市場には、大きく分けて「グロース(成長株)」「ディフェンシブ(防衛株)」「バリュー(割安株)・シクリカル(景気敏感株)」というスタイル分類があります。
情報技術や通信は、高い成長が期待されるグロース株です。一方、ヘルスケアや生活必需品、公益事業は、景気動向に左右されにくく安定した収益が見込めるディフェンシブ株に分類されます。金融やエネルギー、素材などは、本来の企業価値に対して株価が割安に放置されやすいバリュー株や、景気の波に乗りやすいシクリカル株とされます。
現在の市場では、これまで相場を牽引してきたグロース株から、より手堅いディフェンシブ株やバリュー株へと資金を移す「質への回避」が起きていると分析できます。
3. なぜ資金は移動するのか?金利とサイクルの関係
では、なぜ今になってこのような大規模な資金移動が起きているのでしょうか。その最大の要因は「金利」です。
泉田氏は、投資家の心理とマクロ経済の関係について次のように語ります。
「これは株価がこの後もガンガン上がるぞ、この産業が引っ張っていくぞと思うと、当然だからAIみたいな関連銘柄を買うんだけど、いやこの後ちょっと景気怪しいなとか、(中略)利上げしていくんじゃないかみたいな話になると金利環境変わるので、相場で向かないセクターっていうのが出てくるんですよ」
現在、米国の連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ観測が市場で意識されています。一般的に、金利が上昇する局面では、将来の利益に対する期待で買われている高PER(株価収益率)のグロース株は売られやすくなります。一方で、金利上昇が直接的な収益増につながりやすい金融セクターなどは買われやすくなります。
「突き詰めるとやっぱり金利なんだよ。(中略)利上げするんだったらやっぱりハイテクは買えないし、買うんだったらディフェンシブだしとかっていう発想になる。金融だしってなるから、もう金利の動向でセクターローテーションが今動き出してるっていうのを見る方が自然かな」
このように、市場の資金は金利というマクロ経済のスイッチによって、高PERから低PERへと流れていくのです。
☆☆☆金利がセクターローテーションを動かす☆☆☆3/4
☆☆☆出所:泉田良輔氏の解説をもとにイズミダイズム作成☆☆☆
ここで投資家が抱く疑問は、「AIの普及という社会的なメガトレンドは終わってしまったのか?」ということでしょう。これに対して泉田氏は、非常に重要な視点を提示します。
「トレンドとサイクルって両立してるんですよ。なのでAIのトレンド、ITの設備投資のトレンドは続いてるかもしれないけど、やっぱりサイクルって絶対あるので、そのサイクルのところで下げてるだけかもしれない」
AIが社会に実装されていくという長期的な「トレンド」は本物であっても、株式市場には必ず短期・中期的な「サイクル(波)」が存在します。現在のハイテク株の調整が、単なるサイクルの一部としての健全な調整なのか、それともバブル崩壊の始まりなのかは、現時点では誰にも判断できません。だからこそ、機関投資家はサイクルを意識して資金を動かしているのです。
4. 景気の波に乗る「レイトシクリカル」という視点
セクターローテーションを理解する上で、もう一つ知っておきたい概念が「レイトシクリカル」です。
先ほどのデータで、資本財セクターは前半(約7,400億ドル)も後半(約1,400億ドル)も一貫して堅調な動きを見せていました。資本財とは、機械や重工、重電など、他の企業がビジネスを行うための設備やインフラを提供する企業群を指します。
泉田氏によれば、これらの企業は景気サイクルの終盤で恩恵を受けやすい特徴を持っています。
景気が良くなり始めた初期段階では、企業はすぐに実行できるデジタル広告やソフトウェア(SaaS)の導入などに資金を投じます。そのため、ハイテク株が真っ先に上昇します。しかし、発電所の建設やインフラ整備といった大規模な設備投資は、景気拡大が確実になり、企業に十分な資金が蓄積されてからようやく意思決定されます。
このように、景気が良くなってから企業の利益に反映されるまでに数年のタイムラグがあるセクターを「レイトシクリカル(遅行性の景気敏感株)」と呼びます。
日本市場においても、重工業などの株価が上昇している背景には、防衛という大きなテーマに加えて、このレイトシクリカルとしての資金流入という側面が重なっていると分析できます。
5. 投資家が持つべき「ズームアウト」の視点
ここまで見てきたように、株式市場は単なる個別企業の業績だけで動いているわけではありません。
投資初心者はどうしても、「この企業は将来性があるか」「画期的なサービスを出したか」といった個別銘柄の分析に集中しがちです。しかし、泉田氏は次のようにアドバイスします。
「基本的に個別の企業見るときはズームインだよね、この会社いいなとかどうだなみたいな話。ただ、その会社が属してるセクターがどうかとか、そのセクターが経済全体の中でどうかっていうのは、やっぱりズームアウトして俯瞰して見ないと見えないんで、この虫眼鏡で見て今度引いてくみたいな、そんな動きを自分で意識してできるようになるともっと面白くなる」
プロの機関投資家は、投資を決定する際に「アセットアロケーション」「セクターアロケーション」「銘柄選択」という3つの階層(トップダウンアプローチ)を意識しています。
☆☆☆機関投資家が投資を決める3つの階層(トップダウンアプローチ)☆☆☆4/4
☆☆☆出所:泉田良輔氏の解説をもとにイズミダイズム作成☆☆☆
最も重要なのは、株式や債券といった資産クラスの配分を決める「アセットアロケーション」です。例えば、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、国内債券、外国債券、国内株式、外国株式を基本構成として分散投資を行い、市場環境に応じて許容幅の中で比率を調整することで、安定的な運用を目指しています。
その次に来るのが、今回解説した「セクターアロケーション」です。市場全体のベンチマーク(基準となる指数)に対して、金利や景気動向を読み解き、強気なセクターの比率を増やす(オーバーウェイト)、弱気なセクターの比率を減らす(アンダーウェイト)といった調整を行います。
個別銘柄の選択は、リスク管理の観点から言えば一番最後に行われる作業なのです。
もしあなたが保有している個別株の動きが「おかしい」「業績は良いはずなのに上がらない」と感じた時は、一度ズームアウトして、セクター全体の資金の流れを確認してみてください。そこには、企業の良し悪しとは全く別の、金利やマクロ経済が引き起こすダイナミックな力学が働いているはずです。市場全体を俯瞰する視点を持つことで、あなたの投資戦略はより深く、強固なものになるでしょう。
なお、本記事は市場動向の解説を目的としたものであり、特定の銘柄やセクターの売買を推奨するものではありません。投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。
参考資料
- イズミダイズム独自の市場データ分析(S&P500構成銘柄の時価総額変化/yfinance・GICS分類、2026年7月6日時点)
- GPIF「第5期中期目標期間における基本ポートフォリオについて」
- Apollo Global Management(Torsten Slok)「Strip out AI and energy, and the S&P 500 is down」
- YouTubeチャンネル「イズミダイズム」
※データは2026年7月6日時点。