43歳で妊娠、44歳で出産…待ち受けていた過酷な妊娠生活と「命の選択」

男の子2人の母として生活し、その子ども達も小学校に上がりやっと少し手を離れたと思っていた時、自分が妊娠していることに気が付きました。

嬉しくなかったわけではありませんが、それよりも始めに頭に浮かんだのは「無事に産めるのか」ということでした。

「無事に産めるのか」という気持ちは、自分の体調のことよりも、お腹の中にいる子どもに染色体異常などの先天性異常があるのではないかという不安でした。

病院でも出生前診断を受けるかどうかの話をされました。

先生は「高齢出産の方には全員聞いていますから」とおっしゃっていましたが、同じく高齢出産だった次男の時に説明はありませんでした。

『8年という年月が経っているし。方針が変わってるのかも…』と思いましたが、どうしてもネガティブな方に考えてしまいました。

それでも、私は出生前診断を受けず、長女を出産することを選択しました。
その決断には、長男と次男の存在が大きかったと言わざるを得ません。
すでに元気に育っている長男と次男を目の前にして
「先天性異常の可能性が高いというだけで、命を奪えるのか?」
「この子達と同じように元気に育つ可能性もあるのに?」
という気持ちが消せませんでした。

当然、もし長女に先天性の異常があった時、兄妹である長男と次男への負担も考えました。
私達夫婦は高齢となりますので、より一層2人への負担は大きいだろうという不安が頭をよぎりました。
ただ、将来の不安よりも目の前の幸せが、その時の私には重要に思えたのです。

ハッキリした結果を得るために羊水検査を受けることも考えましたが、羊水検査を受けることは「=(イコール)堕胎という選択肢」を受け入れることだと考えており、子どもの命を奪うことを前提とした考えはどうしても選ぶことができませんでした。

あくまで仮定の話ですが、もし私が長女を妊娠したのが第1子だったら…
出生前診断を受けて、結果によっては堕胎を選択していたかもしれません。

前回とあきらかに違った妊婦ライフ

長女出産を決めた私でしたが、長男・次男の時とはあきらかに体調が違いました。
初めての悪阻。
幸いにも、長男と次男の時には悪阻はありませんでした。
しかし、長女のときは違いました。

軽い船酔いのような気持ち悪さが続き、日中はほとんどソファで横になっている日々。3人目にして初めて「これが悪阻か・・・」と実感しました。
妊娠5ヶ月以降は妊娠糖尿病と診断され、食事毎に血糖値の測定とインスリン注射が必要になりました。
妊娠8ヶ月以降は足の浮腫みがひどく、今まで履いていた靴は全て履くことができず、メンズ物のサンダルを履いて過ごしました。(娘が夏産まれで良かったです 笑)

出産予定日1週間前には、とうとう血圧が下がらなくなり「妊娠高血圧症候群」の診断が下りてしまいました。

妊娠中の母体に影響するトラブルは全て体験したような長女妊娠ライフですが、先生達も明るく対応してくださり、必要以上にネガティブになること無く過ごすことができました。

無事に出産!でも・・・

参考記事

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国内大手パソコン周辺機器メーカーに正社員として13年間勤務。
お局道まっしぐらと思いきや、自分でも予想外に結婚。
その後、さらにまさかの子だくさん母(長男・次男・長女の3兄妹)となる。
長女出産後、正社員時代に鍛えたタイピングの速さを武器にWebライターへ。
「心に伝わるライティング」を心掛けています。