この記事の読みどころ
株式市場、メディアは東芝の連結子会社であるウェスティングハウス社の“のれん”の減損問題に注目しています。
本稿では、話題の“のれん”問題のみならず、なぜ東芝がウェスティングハウス社を買収したのか、何が東芝の計画を狂わせたのかを読み解きます。
筆者は、真に議論すべき問題は「日本国のエネルギー政策のあり方」だと考えています。
株式市場、メディアが注目するウェスティングハウス社の減損問題とは
東芝(6502) は、過去の会計操作とともに、その後の構造改革の遅れも重なり、業績の悪化が顕著となっています。2016年2月4日に発表された2016年3月期の同社による業績予想では、当期純損失が7,100億円にも及ぶと発表されています。この当期純損失は、電機セクターでは日立製作所(6501)やパナソニック(6752) が過去に計上した当期純損失に並ぶ水準です。
また、東芝の株価も会計操作問題や業績悪化を織り込みながら下落し、2016年2月10日の終値では168.2円と、2015年に会計問題が発覚する前の株価水準と比較すると半値以下にまで落ち込んでいます。世界同時の株式市場下落の状況もあり、株価の下落は顕著です。
そうした中、株式市場が注目しているのは、東芝が2006年に買収した原子力発電関連事業を行うウェスティングハウス社の“のれん”の減損処理についてです。通常“のれん”の減損は、買収価格を基準とし(帳簿価格)、買収後には事業見通し等に応じ都度再評価を行い(公正価値)、公正価値が帳簿価格を下回る際にはその金額を損失(減損)として計上するものです。
ウェスティングハウス社は2012年度、2013年度に減損処理としてそれぞれ約762億円、394億円分を計上しています。一方で、東芝連結ベースでは、いずれの年度も東芝はウェスティングハウス社関連の“のれん”の減損処理を行いませんでした。
この点が外部からは一見理解しにくいのですが、一言でいうと、東芝連結ベースでウェスティングハウス社を統括する事業部とウェスティングハウス社そのものは同一でないということによります。東芝連結ベースではウェスティングハウス社とウェスティングハウス担当事業部の価値を合算して公正価値の評価を行っており、その価格が帳簿価格を上回ったために減損を行っていないとの立場でした。
こう言うと、「あんこが傷んでいてその処理が必要だというのに、皮で包んで饅頭にすればまだ定価で売れそうなので値引かなくてもいい」ということなのかとの指摘や、会計制度の問題ではないかというような声が聞こえてきそうですが、当事者である東芝は「適時開示すべきであった」とコメントする一方で、「会計処理上は問題ない」としています。
なぜウェスティングハウス社の減損を行ったか
東芝の過去の会計操作問題に伴い、ウェスティングハウス社の“のれん”の減損処理問題も会計問題かのように取り上げられますが、それは全く違います。わけですが、そもそものきっかけは、来月でちょうど5年を迎える2011年の東日本大震災により福島原子力発電所が津波の被害に受けたことに遡ります。東芝は2012年度のウェスティングハウス社の減損について、2015年11月17日のプレスリリースで次のように説明しています。
“WEC社(投信1編集部注:ウェスティングハウス社のこと)については、2011年に発生した福島の原子力発電所の事故の影響によって、全世界で受注を計画していた原子力発電所建設案件の建設計画が後ろ倒しになったこと、またその影響で新規建設プラントの監視制御システムの計画が後ろ倒しになったことなどにより、減損テストの結果、(以下、中略)…、合計で約9億3千万ドル(約762億円)ののれんの減損損失の認識をしました。”
“3.11”を経験した私たちは、今でこそ原子力発電の津波被害による影響については十分に理解できるようになりましたが、それ以前にここまでの被害が発生するとは多くの日本人が想像していなかったでしょう。実際、2006年に東芝がウェスティングハウス社を英国BNFLから買収した時、日本の原子力政策は積極的なものでした。
2005年10月には、原子力委員会は、従来の「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画(2000年11月原子力委員会決定)」を見直し、「原子力政策大綱」を決定、政府も閣議決定しています。その中身は、当時の総発電電力量の30%から40%以上を2030年以降も原子力発電が担うというものでした。原子力発電は日本のエネルギー政策のまさに中核と呼べるものだったのです。そうした中での東芝によるウェスティングハウス社の買収でした。
なぜ東芝はウェスティングハウス社を買収したのか
このように、東芝によるウェスティングハウス社の買収当時、日本のエネルギー政策が原子力発電にとって追い風であったのは間違いないでしょう。しかし、東芝がウェスティングハウス社を買収したのは、それだけが理由ではないと思われます。
東芝がウェスティングハウス社の買収を決めたのは、事業戦略上の狙いがあったからに他なりません。筆者は、東芝が国内中心の原子力発電事業を維持していくためにはウェスティングハウス社の買収が必須であったと考えています。
日本は2005年当時、エネルギー政策上原子力発電が重要だという宣言をしていましたが、現実的に新規着工できる原子力発電所は限られていました。また、長期的には人口減少や省エネなどの影響が想定されるため、これまでのように新規案件を期待した事業モデルを構築することは困難です。
既設の原子力発電所向けのメンテナンスや燃料事業はあるものの、拡大の絵を描くのは困難であったと言えます。企業として事業の採算が取れないのであれば撤退すべきですが、日本のエネルギー政策の根幹である原子力発電事業から東芝が撤退することなど許されるような空気ではなかったでしょう。
一方で、海外では中国をはじめとして新興国中心にエネルギー需要が高まり、原油価格も上昇傾向にあり、世界での原子力発電への注目度は高まっていました。東芝が海外で有力なウェスティングハウス社を買収することができれば、東芝の国内中心の原子力発電事業は世界での成長機会を享受することができるという絵が描けたのです。ウェスティングハウス社の買収は、そうした国内のエネルギー政策と表裏一体の性質と、海外での成長機会の追求という狙いが混じり合ったものだったのではないでしょうか。
国内の競争環境をも変えたウェスティングハウス社の買収
こうして見てくると、東芝によるウェスティングハウス社の買収ストーリーは特段違和感のないものに見えます。しかし、ウェスティングハウス社の買収は三菱重工業(7011)にとっては、さぞサプライズだったのではないでしょうか。
東芝の国内原子力発電事業はGEのBWR方式を基盤にしています。一方、三菱重工業はウェスティングハウス社のPWR方式です。三菱重工としては、東芝にウェスティングハウス社を買収されてしまえば、その上流を東芝に握られてしまうわけです。結果として東芝はウェスティングハウス社の買収に成功し、三菱重工はその後、アレバとの提携などに動くことになりました。
順風満帆もつかの間。欧米で逆風が吹き荒れる
ウェスティングハウス社買収後、順風満帆に思えた東芝の原子力発電事業は、2011年3月の東日本大震災でその事業環境が一変することとなります。欧州には原子力発電所の新規建設を中止したり既設原発まで停止しようとする国まで出てくることになったのです。
さらに、米国でも逆風が吹き荒れます。原子力発電所の需要拡大の波をとらえてウェスティングハウス社が受注した原発新設案件もありましたが、シェールオイルやガスが採掘可能となることで、エネルギーコストやエネルギー安全保障の観点から、原子力発電の相対的な魅力が薄れることになったのです。
経営者は企業買収でどこまでを把握すべきなのか
企業経営者は、企業を買収する際にどこまでを把握して買収すべきなのでしょうか。当然ながら地震や津波などは予想できるわけではありません。また、新しいエネルギー資源が出てくるなど思いもよらないでしょう。原油価格が30ドルを切る事態も予測し買収しなければならないとすると、これは相当ハードルが高いものです。東芝がウェスティングハウス社を買収したことを今になって批判する意味はありません。
東芝-ウェスティングハウス問題の先に見える真の論点は「日本国のエネルギー政策」である
話は東芝に戻りますが、筆者はウェスティングハウス社の買収は、東芝の原子力事業の生存確率を上げるためと日本のエネルギー政策にとって原子力事業は欠かせないという空気が後押ししたものだと考えています。しかし、東日本大震災により日本のエネルギー政策は大幅に見直しをせざるを得ないのが実際のところでしょう。
一部の原子力発電所は再稼働しましたが、多くは稼働停止のままです。東芝のウェスティングハウス社に関係するのれんの減損は、東芝だけの問題ではなく、つまるところ「日本国のエネルギー政策をどうすべきか」という問題も呼び起こさせるものです。
【2016年2月13日 投信1編集部】
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LIMO編集部