現代のパパやママは子どものために犠牲になり過ぎてはいないかということが、『「子育てが窮屈なのは“子どもファースト”すぎるから」 現役保育士・てぃ先生がパパママに伝えたいこと。』という記事で提言されていました(ハフポスト 2019年5月31日)。

これには小学生~未就園児の3児を育てる筆者も、心当たりがありました。子どもが生まれたら育児最優先で、親は夢も、休日の買い物も、ファッションも…いや毎日ご飯を温かいうちに食べたり、トイレに行くことさえ我慢しています。

特にワンオペ育児だと1人で育児をするため、「親は自分を犠牲にしてこそ」と思いやすくなります。この考え、危ないところもあるのです。

「子どもの利益」がなければ罪悪感

誰も頼る人がいない、ワンオペ育児。生活のすべてを自分1人で行うため、自分を犠牲にする場面が増えます。最初にあげた毎日の食事やトイレはもちろん、美容室や歯医者といった身の回りや健康に関することも犠牲になります。

また、この子の健康も、安全も、教育も、しつけも、すべて自分一人にかかっているということが大きな重圧に。昔より、子どもファーストにならざるを得ない要素がそろっていると言えるでしょう。

筆者も上記のような生活を送っていたため、休日に親の買い物に子どもを付き合わせることに罪悪感を感じていました。「休日は公園で子どもを遊ばせるのが一番! 自分も買い物に行きたいけど、子どもは退屈だろうし…」と、結局公園に行ってしまうのですね。

そんな意識を変えたのは、あるママの「親が行きたい場所に行ってもいい。子どもも社会経験になるし、刺激にもなる」という話。この意見を聞いてから、子どもにも買い物に付き合ってもらうようになりました。

ただ一方で、子どもに利益があると思えなければ安心して行動できなかったり、罪悪感を感じるほど「親は自分を犠牲にすべき」という考えが自分に根付いていることにも気付きました。

根強い親の自己犠牲意識