キーワード解説の読みどころ

2014年以降、再生医療産業が大学、各種研究機関、産業界を巻き込んで具体的な一歩を踏み出しています。

経済産業省の予測では2030年に国内市場は1兆円に達する見込みで、まずは細胞治療より創薬支援分野が先行するだろうと見られています。

再生医療関連企業では細胞の大量培養に関わる培地などの材料、バイオリアクター関連企業が魅力的です。また、京都大学iPS細胞研究所などと企業との研究開発提携が活発になっています。

テイクオフした再生医療関連産業―まずは時系列で整理してみよう

2012年、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。それによってiPS細胞を使った再生医療に対する関心が一段と高まったのは記憶に新しいことと思います。

2014年にはSTAP細胞問題が世間を騒がせましたが、同年9月には理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーによって、加齢黄斑変性という目の難病患者へ、世界で初めてiPS細胞から作成された上皮細胞を移植する手術が行われました。

また、同年11月には「医薬品医療機器法」(旧薬事法)と、「再生医療安全性確保法」の2つの法律が成立、再生医療の早期実用化に向けた動きが加速しています。

再生医療の技術進歩に向けた企業の動きも目立ちます。

2015年春に武田薬品工業と京都大学iPS細胞研究所との間で、10年間の共同研究開発契約が締結されました。また、富士フィルムホールディングスがiPS細胞製造で先行する米国CDI社を買収しました。

こうした一連の動きは、学術界で確立された画期的な技術を、産業界が本格的に取り組み始めたことを意味します。さらに、先述した法律の改正実施によって、日本の再生医療は米国と並んで世界の最先端を走り始めたと言えるでしょう。

経済産業省の市場予測数字もあながち夢ではない

経済産業省の再生医療関連市場予測(装置、関連資材、サービスなど周辺産業)によれば、2012年で170億円の国内市場が2020年に950億円、2030年には1兆円に拡大し、世界市場も2020年1兆円、2030年12兆円に達するというバラ色の見通しとなっています。

活力と成長機会を失った日本経済が喧伝されて久しいですが、ITやエレクトロニクス産業など他の成長分野と比較しても、再生医療のポテンシャルは非常に高いと筆者は考えます。

(筆者注)iPS細胞は多能性幹細胞の1つで、無限に細胞分裂を続ける増殖能力と、多くの細胞に分化する能力を持つ万能細胞。移植後のガン化がリスクとされる。先行したES細胞も同じく万能細胞だが、人の受精卵を使うために倫理問題がネックとなっている。

再生医療の初動は創薬支援から

2015年、武田薬品工業が京都大学の山中教授率いるiPS細胞研究所と10年間で総額320億円の共同研究契約を締結したのは、高いポテンシャルを持つとされる創薬分野での応用に狙いがあると言われます。

これまでの低分子医薬品を中心とした生活習慣病薬の開発が壁にぶち当たっている原因の1つが、3万分の1と言われる有効成分の低い探索効率と、マウスなどの動物実験の有効性・安全性の問題点にあります。

製薬企業は膨大な「化合物ライブラリー」を持ちますが、その中でクスリとして有効な物質をスクリーニングする効率性は極端に低いのです。

しかし、仮にヒト万能細胞を作製して新薬候補の効能を測ることができれば、使われていないライブラリーの中から有効な薬が再発見される可能性が高まります。また、心臓や肝臓などへの毒性試験もこの万能細胞によって行えば、安全性テストの効率化がコスト面を含めて飛躍的に高まると期待されています。

欧米の大手製薬メーカーは、すでにES細胞、iPS細胞を使ってこうした新薬の発見、安全性テストを行っています。富士フィルムホールディングスが今年買収した米国のCDI社(セルラー・ダイナミクス・インターナショナル)は、iPS細胞を大量培養して製薬メーカーに供給する世界トップレベルの企業です。

また、ニコンが提携したスイスのロンザ社も、そうした創薬支援企業です。筆者は、今後10年間における再生医療市場の大きな流れにより、創薬支援での幹細胞の大量培養に関連する材料、およびバイオリアクターなどの装置に関する市場拡大が期待されると考えています。

今後の成長が期待される分野と関連する企業群

日本経済新聞(2015年5月9日付)によるとiPS細胞研究所所長の山中教授は「臨床が近づくほど企業と連携する必要がある」と述べています。

同研究所は、心臓病、糖尿病の創薬研究開発、2016年以降の再生医療の臨床研究の展開のため、細胞培養の培地でニッピ、味の素、自動培養装置の開発でカネカといった企業と相次いで提携しました。

創薬支援、ヒトへの細胞移植で重要なカギを握っているのが大規模な細胞培養技術です。たとえば、直径10センチの培養皿で得られる細胞数はせいぜい1,000万個まで。しかし、細胞移植治療には患者1人当り10億個以上の細胞が必要とされ、しかも、高い品質と安定性が保証されなければならなりません。

従って、大型容器での培養が有効になりますが、プラスチック製の培養バッグでは億単位での培養が可能となります。この分野ではニプロが最も先行、藤森工業も得意のプラスチックバッグ「バイファス」で市場に参入しました。

細胞大量培養装置ではバイオリアクターが有望で、カネカのほか、京都大学再生医科学研究所と日産化学工業が共同開発した「スフェア培養法」による3次元化技術が注目されています。

また、足場材とも言われる細胞の寝床である培地、培養液も重要な材料です。この分野では、ニッピが培地で大阪大学、京都大学との研究開発で提携しています。培養液ではリプロセルが代表的な関連企業と見られます。

細胞培養に際しては、患者自身の細胞(自家細胞)ではなく他人ベースのiPS細胞(他家細胞)を使います。このため、医療機関に供給する大量のiPS細胞の在庫が必要になりますが、保存には凍結保存法が有効です。ここでは、幹細胞を傷めず凍結保存するための特殊液体を開発したセーレンが注目されます。

今年6月にマザーズに上場したiPS細胞治療の創薬ベンチャー、ヘリオスの鍵本社長は、2020年まで赤字が続く見通しと述べています。ヘリオスに限らず、こうした多くのバイオ系ベンチャー企業は、研究開発先行で赤字が避けられないため、有力な資金源を確保できるかどうかが試金石となるでしょう。

また、iPS細胞移植後のガン化リスクは完全には解決されていませんが、細胞に組み込む遺伝子を工夫することで解決の方向に向かっています。

注:本記事は個人投資家向け経済金融メディアLongine(ロンジン)の記事をダイジェスト版として投信1編集部が編集し直したものです。

LIMO編集部