英国下院は29日、欧州連合(EU)からの離脱に関し、メイ首相がEUとの間で合意した案からアイルランドの国境問題の対応を修正した代替案(ブレイディ議員(保守党)の修正案)を可決・承認しました。

修正は、15日に否決された離脱合意案から、北アイルランドとアイルランドの間に、物理的な壁などの国境を設けないといういわゆる「バックストップ(安全策)」条項を削除したことです。下院では、この措置が英国のEU離脱以降も、事実上、EU(アイルランドはEU加盟国)に縛られてしまうものとの批判が強いことが背景にありました。

困難さが増す英国のEU離脱

議会下院の承認を受け、メイ首相はEUとの再交渉を明言しましたが、同時に「EU内ではこのような修正への支持は少なく、交渉は簡単ではないだろう」とコメントし、離脱日まで2か月と期限が迫る中で、極めて厳しい状況にあることを認めました。実際に、英国議会の可決後に、トゥスクEU大統領は、離脱合意案の「再交渉には応じない」と声明を発表しており、今後の交渉を楽観視することはできません。

バックストップは、法的拘束力のある「離脱協定案」の重要な一部であり、再交渉の余地はないというのがEUの立場です。一方で、トゥスクEU大統領は、英国が3月29日の離脱日を延期する」ことを要請した場合には、それに応じることを検討する用意があると含みも持たせています。合意なき離脱による混乱が、昨年以来軟化傾向にあるEU経済に重くのしかかる事態は回避したいのでしょう。

今後、メイ首相は、EUを交渉のテーブルに着かせ、EUとの間で協議を経て新たな離脱案を合意し、その案をEUと英国の議会で通過させるという困難な課題をクリアしなければならないことになります。時間の限られた中で、これは相当な離れ業と言えるでしょう。それが不可能になった場合、英国はEUから合意なき離脱へと進むことになります。リスクは高まったと言わざるを得ません。

「合意なき離脱」が招く混乱

合意なき離脱に至った場合、政治的・経済的混乱を招くことは必至です。イングランド銀行が11月に公表した報告書では、合意なき離脱に至った場合、英国経済は少なくとも第2次世界大戦以降で最悪の不況に陥る恐れがあると言及しています。

また、その報告書の中では、英国の国内総生産(GDP)は1年以内に8%縮小し、不動産価格は3割下落する可能性さえ言及されています。英ポンドは25%、住宅価格は30%それぞれ価値が下落するなど、英国経済にとっての経済的打撃は、大規模かつ深刻なものになると予測されています。

企業や一般市民は、英国議会が論争を果てしなく繰り返すばかりで、離脱に十分な対応を準備する時間さえ与えられないことに不満を募らせています。英国内の混乱を嫌気した資金や投資の転出、スタッフの流出などが、事業の足かせになり始めている点にも、実業界からは不満の声が上がり始めています。問題の解決が長引け長引くほど、多くの企業が費用のかかる不必要な緊急時対策を導入しなければならなくなるなど、英企業の追加負担が懸念され始めています。

2月26日までに議会で離脱案の承認がない場合は、離脱時期の延期をEUに要請するという修正案も下院では審議されましたが、この修正案は否決されています。この修正案は、合意なき離脱に伴う混乱を避けるために考え出されたものですが、本案の否決は、英国側から離脱期限の延長を要請するオプションを絶つもので、合意なき離脱に至るリスクが高まることになります。

離脱交渉の行き詰まりを打開する現実的な解は、EU離脱手続きを定めるリスボン条約50条の適用延長をEUに働きかけ、時間枠を設定しなおしたうえで、総選挙か2回目の国民投票により英国のEU離脱への枠組みを作り直すことではないかと筆者は思うのですが、英国議会での議論を見る限り、掛け違えたボタンの掛け替えといえるほど、事態は簡単には行かなくなってしまったように思えます。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一