世の中には、多くの「コミュニケーション術」が存在する。「上手にあいづちを打つ」「話し上手よりも聞き上手」「世間話をうまく切り出そう」......。これだけのアドバイスが世にあふれている現状は、多くの現代人が人間関係に困っている事実を示しているとも言える。

しかし、年に5000本の科学論文を読み続けるサイエンスライターにして、7万部突破の話題の新著『最高の体調』の著者・鈴木祐氏は、次のように指摘する。

「人の脳は、もともと見知らぬ他人とうまく人間関係を作れるように設計されていないのです。人類は、狩猟採集民だった数百万年前から、『家族』や『顔見知り』といった小さな集団の中だけで生きてきました。生き延びるためには、近しい間柄同士での内向きのコミュニケーションだけで十分だったからです」

しかし、対処法がないわけではない。「コミュ力不足」でも初対面の相手と仲良くなれるという「3つのポイント」を鈴木氏に解説してもらった。

好意は「一緒に過ごす時間」で増える

人と人が仲良くなるために、第一に重要なポイントは「時間」です。

アイオワ州立大学のダニエル・フルシュカ氏は、2010年のレビュー論文で、「良好な友人関係を保つためには何が必要か?」を調べ上げました。個人の性格やコミュニケーションスキル、社会的地位など、人間関係に欠かせない要素の中から、重要度が低いものを取り除いていったのです。

結果、最後に残ったのは「一緒に過ごす時間の長さ」でした。

「近接の原理」をご存じの方も多いでしょう。 50年以上前に社会心理学者のセオドア・ニューコム氏が発見した現象で、簡単に言えば「人間は近くに住む相手ほど好意を抱きやすい」というものです。隣県の人よりも隣町の人を、隣町の人よりも隣に住む人を、私たちは好ましいと思う傾向があります。

「顔を見る回数」が増えただけでも仲は深まる

その理由は簡単で、近くに住むほど接触の時間が増えるからです。

心理学者のロバート・ボーンスタイン氏によるメタ分析では、「特別な刺激がなくても、他者と接触する時間を増やすだけで好意は増す」と結論づけています。つまり、親密な会話を交わしたり、一緒にイベントに参加したりせずとも、シンプルに相手の顔を見る回数が増えただけでも2人の仲は自動的に深まっていくわけです。

進化の過程を考えれば、当然の現象でしょう。狩猟採集社会の小さなグループにおいては、わざわざ相手の性格やコミュニケーションスキルを審査する必要はありません。「どれだけ顔を見たことがあるか?」さえ判断できれば、その時点で相手が部族の一員である証拠が得られ、互いの親密さも判断できるはずです。

ベストな接触回数は?

そのため私たちの脳は、相手の顔になじみさえあれば、反射的に警戒心を解くように進化してきました。よく知った顔を見るだけでも感情の「脅威システム」はオフになり、代わりに「満足システム」が起動するのです。

孤独に悩む人にとっては、これほどシンプルな解決策もないでしょう。もしあなたが内向的で人見知りだったとしても、コミュニケーションに自信がなかったとしても、接触の時間さえ増やせば相手の好意は得られるのですから。

先のメタ分析によれば、この効果の影響が最大になる接触回数は10~20回とのこと。このレベルを達成するまでは、まずは淡々と接触を積み重ねていきましょう。

「合唱」で人生の満足度が高まる?

2つ目のキーワードは「同期」です。

2016年、オックスフォード大学が「趣味で人間は幸せになれるか?」という問題について調査をしました。

被験者は40代の男女が135人で、研究チームは実験のために「中年向けの習い事コース」を創設し、すべての被験者を「合唱クラス」「美術クラス」「創作文芸クラス」のいずれかに割り振りました。

7カ月後、クラスを終えた被験者を調べたところ、おもしろい結果が得られました。すべてのグループにおいて、人生の満足度、自分に対する肯定感の上昇といった変化が確認されましたが、なかでも「合唱クラス」に参加した人の改善値が飛び抜けて高かったのです。

「同期行動」が集団の結束を高める

研究チームは次のように言います。

「合唱クラスの成績が良かったのは、ほかの活動よりも他者との関係を結びやすかったからだろう。みんなで歌うという行為が、他のグループよりも全体感を高めてくれたのだ」

この現象を、心理学では「同期行動」と呼びます。

その名のとおり他人と同じような動きをすることで、ナチスドイツ軍の一糸乱れぬ行進や北朝鮮で行われるマスゲームなど、集団の結束を高めるために昔から使われてきたテクニックです。そこまで行かずとも、かつて体育の時間で習ったラジオ体操や組体操なども同期行動の一種に入ります。

よい同期行動の条件

信頼感の研究で有名なスコット・ウィルターマウス氏によれば、現代社会で同期行動を活かすには、次のポイントさえ押さえておけば問題ありません。

・全員が近い場所で行うこと
・同じタイミングで同じ行動をすること

この2つの条件が合えば、同期行動の内容はなんでも構いません。ランニングでもいいし、格闘技でもいいし、ジムで集団エクササイズをしてもいいでしょう。どれを選んでも親密さを高める効果は大きくなります。ただし、悪用すれば独裁国家のマスゲームのようになってしまう恐れもあります。

友情のコツは「利益の与え合い」

友情を築くための最後のポイントは、「互恵」です。

簡単に言えば、「好きな相手に利益を与えること」となります。プレゼントで好きな異性の気を引こうとした経験は誰にでもあるでしょうが、ここでいう利益はもっと幅が広いものです。

古代社会の友情について考えてみましょう。人間の認知が処理できる親友の上限が5人ならば、私たちの祖先は、いったいどんな相手を仲間に選んできたのでしょうか?

普通に考えれば、自分が生き延びる確率を高めるために、さまざまなスキルに対して分散投資を行ったことでしょう。狩りが得意な者、火を起こすのがうまい者、歌と踊りが達者な者、健康的な体を持つ者など、何らかの得意分野を持った仲間が増えるほど、自分の遺伝子を後世に残す比率は高まるからです。

本能は「利益になりそうな相手」を友人に選ぶ

この見方からすれば、現代で有利なのは、お金を持っている者、社会的な地位が高い者、頭が良い者、人間関係のネットワークが広い者などでしょう。身もふたもない結論ですが、新約聖書にいう「与えよ、さらば与えられん」は世の習い。友情を育むには利益の与え合いが欠かせません。

この考え方を、心理学の世界では「同盟仮説」と呼びます。人類が生き延びるためには、いざというときに助け合えるような仲間が欠かせず、そのため私たちは互いの利益になりそうな相手を友人に選ぶように進化してきたわけです。

どんな人でも持っている「最強のプレゼント」

そう言われると、「相手に与えられるようなものがない人間はどうすればいいのか?」といった疑問が湧くかもしれません。そこまで利益の相互提供が大事なら、財力も特技もない者にはなすすべがないのではないか、と。

それは、大きな間違いです。というのも、どんな人でも、生まれつき「最強の贈り物」を必ず持っているからです。

私たちが他者に与えられる最強のプレゼントは「信頼」です。

相手に「こいつは絶対に自分を裏切らない」と感じさせれば、そこには必ず強固な同盟関係が生まれます。マーク・トウェインが残した「彼は人を好きになることが好きだった。だから、人々は彼のことを好きだった」という一文は、科学的にも正しいのです。

上手に好意を伝えるのは難しい

相手に信頼感を抱かせるには向こうに好意を伝えるのが第一ですが、心理学で重視されているのが「セルフディスクロージャー」です。これは自分の悩みや秘密を隠さずに打ち明ける行為を意味しており、相手に対して「私はあなたのことを信頼しているからここまで話せるのだ」というシグナルとして働きます。

いかにも当たり前のようですが、実際のコミュニケーションで「セルフディスクロージャー」を成功させている人は多くありません。いきなり深刻な話をして引かれてしまったり、逆に浅すぎる情報を伝えて退屈されてしまったりと、適度なレベルを守るのは意外と難しいものです。

筆者の鈴木祐氏の著書(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

信頼感を与える話題選びの10か条

そこで使えるのが、社会心理学者のゲイリー・ウッド氏による古典的な研究です。博士はいくつかの実験をくり返し、「セルフディスクロージャー」を効果的に行うための話題を10種類のパターンにまとめました。

1.お金と健康に関する心配事
2.自分がイライラしてしまうこと
3.人生で幸福になれること、楽しいこと
4.自分が改善したいこと(体型・性格・何らかのスキルなど)
5.自分の夢や目標・野望など
6.自分の性生活に関すること
7.自分の弱点やマイナス面
8.自分が怒ってしまう出来事について
9.自分の趣味や興味
10.恥ずかしかった体験、罪悪感を覚えた体験

これらの話題は、いずれも適切なレベルのセルフディスクロージャーを促進し、相手の心の「友達ランキング」を上げる効果を持っています。同盟関係を結びたい相手がいたら、ここから好きな話題を振っていくといいでしょう。

 

■ 鈴木 祐(すずき・ゆう)
サイエンスライター。1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人以上の海外の学者や専門医への取材を重ね、現在はヘルスケアをテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」では心理、健康などに関する最新の知見を紹介し、月間100万PVを達成。ヘルスケア企業などを中心に、科学的なエビデンスの見分け方を伝える講演なども行う。

鈴木氏の著書:
最高の体調

鈴木 祐